~4.よんぶんのいち.灼先輩1.「9」~
「よーっす。リンいる?」
部室のドアが乱暴に開けられて、知らない褐色ニーソの人が現れた。制服も違うから、他校の生徒のようだ。
短髪で高身長。寝ぐせがあったり制服を着崩していたり、色々ラフな感じだけど、対照的に爪は良く手入れされている。凛先輩くらい綺麗だ。
「お、観察するねぇ。いいじゃん。でも見てるのがバレバレじゃあまだまだだぜ」
褐色ニーソの人は、僕の頭を無遠慮にくしゃくしゃ撫でて、隣の席にどかっと座った。
「お前、一年? リンに教わってんだろ? お前はやめといたほうがいいぜー。麻雀強くなりたいならな」
「はぁ。凛先輩は強いですし……尊敬してますけど。っていうかあなた誰ですか? 凛先輩のなんですか?」
温厚な僕でも、相手がここまで無礼者だとさすがに険のある声音になってしまう。
無礼な褐色ニーソの人は、意外そうに目を丸くした。
「聞いてねえ? 相変わらず秘密主義なやっちゃなー。ま、いいけど。俺は灼。リンとはま、戦友かな?」
「はぁ」
「おいおい、信じてなさそうな目だな。どっちだ?」
「は?」
「俺の強さを低く見積もりすぎてるか、凛の強さを高く見積もりすぎてるか、どっちだ? っての」
「……何の話ですか?」
なんだこの噛み合わない感じ。
凛先輩の話も難しいことはあるけど、この人はそういうんじゃない、不気味さがある。
灼と名乗る無礼な褐色ニーソの人は、自動麻雀卓のほうに席を移動して、1から9のピンズを2セット手早く抜き出し、裏返して1セットをこちらに滑り渡した。牌の扱いに慣れている早さだ。
「9だ。ルールは知ってるだろ? 負けたら出てくし、ついでに凛の秘密を教えてやるよ」
「勝手にそんな……」
と言いつつも、魅力的な提案に僕は動揺した。
勝負に乗らない限り出ていかなそうな図太さと、こちらが勝負したくなる餌をサクッと投げてくるカンの良さ。
確かに、凛先輩と別種の強さはありそうだった。
「……わかりましたよ」
僕はしぶしぶ、灼と名乗る無礼な褐色ニーソの人──長いので灼先輩(たぶん先輩だろう)の対面に着席した。
「9」というゲームのルールは簡単だ。
1.お互いに1から9までの牌を1枚ずつ持つ
2.お互いに伏せた状態で牌を1枚出し、表にする
3.表にした時、数字が大きかったほうが勝ち。数字の合計がそのまま得点になる(例:4と6だったら、6を出した人が勝ちで、得点は4+6=10)
4.これを9回行い、合計得点が多いほうが勝ち
という感じだ。僕は凛先輩と時々やるけれど、大体負ける。勝てるのは10回に1~2回という感じだ。凛先輩いわく、「あなたは素直すぎます」とのこと。わかりやすいのだろうか、僕。
僕は自分のほうに配られた牌を立て、1~9の順番に揃え……ようとして、凛先輩に見抜かれたのを思い出して、慌ててバラバラに並べた。
「一手20秒以内、奇数回は俺が先攻、偶数回はお前が先攻でいいぜ。それぐらいのハンデはくれてやる」
言って、灼先輩はさっさと1枚目を出した。どこまでも自分ペースな人だ。
凛先輩とした時は、制限時間も先攻後攻も特に決めていなかった。20秒は短くはないけれど、少し焦るくらいの長さだ。
ハンデ……をもらっているのだろうか。別にどっちが先に出しても変わらないような気がするけど……後出しのほうが、相手の表情をうかがえる分有利、ということ?
「じゅ~ご、じゅ~ろく」
灼先輩がダルそうにカウントを始めたので、僕は慌てて5を出した。
「そんじゃ、せーの」
間髪入れず、灼先輩は二つの牌を人差し指と中指で同時にめくった。
僕5が、灼先輩が4。……理想の勝ち方だ。
「あちゃー、やられたな。ほい次々、そっちだぜ」
灼先輩は大げさに頭を叩いて天を仰ぎつつ、次を促す。
どうにも嘘臭いというか、隠してもいない演技の動作だ。
「それじゃあ……」
僕が一枚牌を掴み、同時に灼先輩が牌を一枚掴む。
……嫌な予感がしたので牌を変えようとすると、灼先輩も掴む牌を変える。
……どうせハッタリだ。
僕が牌を置き、灼先輩もほとんど同時に置いた。
「わざとってこともあるからな」
灼先輩の意味のわからない呟き。
牌がまた二本指で、同時に開かれる。
僕が2、灼先輩が3。……今度は、灼先輩にとって理想の勝ち方だ。
「ま、一応最後までやるか」
灼先輩は、何故か興味を失ったように露骨に脱力し始めた。
もう何もかも意味がわからないし、シンプルに腹立たしい。負けてやるもんか。
僕は負けた。
3ゲームやって3ゲーム負けた。
「はー、俺も優しいな」
「ぐぎぎ、がっ……」
灼先輩は椅子から立ち上がり、肩をほぐすように腕をぐるぐるしている。僕はショックで動けなくなっていた。
僕は3ゲームとも、2~3回勝ち、7~6回負けのような感じで点数で負けた。
特に灼先輩の9は常に僕の8を取り、僕の9は常に1を取らされた。3回全てだ。
ガン牌──牌に傷や印をつけるイカサマは行われていない。部室にあった牌だからだ。
さすがの僕も、出す前に相手に牌の数字が見られるようなヘマはしていない。だとすれば、どうしてこんな……。
「まいいや、待ってるのも飽きたし俺帰るわ。リンによろしくな」
灼先輩はさっさと鞄を肩にかけ、出ていこうとする。
「ま、待ってください……僕って、そんなにわかりやすいですか?」
まったく情けないけど、思わず聞いてしまった。
「んぁ? それだけじゃねーっつーか、それ以前の問題だろ」
灼先輩はゲームに使った18枚を集めて裏返しにして、軽く混ぜた。それから、
「1,1,2,2,3,3……」
当たり前のように、全てを言い当てながら開いていく。
「……8,8,9,9。配られた牌は、俺に見えないように混ぜろよ。初歩の初歩だぜ」
「んな……」
「ま、俺はこういうの苦手なほうだからな。こんなのじゃない部分を自慢したいんだが……また今度な」
圧倒的な実力差に、僕は返す言葉がなかった。
それでも、どうしても聞きたいことがあったので、震えながら声を出す。
「凛先輩と……どっちが強いんですか?」
僕の質問に、灼先輩はピタリと動きを止め、しかし振り返らず、
「俺は誰にも負けねーよ。やられたら、やり返したとこで終わりにすっから」
灼先輩にしては含みのある言い回しで言って、今度こそ部室を出て行った。
……多分、トータルでは凛先輩が勝っているような気がする。
でも、凛先輩もやられたことはあるだろう。そう感じさせるには充分な、火災旋風みたいな人だった。
「……でもむかつくー」
僕も次会った時はやり返して、そこで終わりにしてやろうと心に誓ったのだった。