~3.打牌批判、打牌批判批判、打牌批判批判批判……序~
「チョコのほう、少し小さくありませんか?」
学校の帰り道、コンビニで買った二つのソフトクリームを真剣に見比べながら、凛先輩が言った。
「それはまあ、手作業ですから……交換しますか?」
僕はバニラを頼んだけど、別にこだわりはないのでチョコでもいい。
「いえ、作り直させるには及びません。……チョコが基準より小さいのではなく、バニラが基準より大きい可能性もありますし。私としたことが、今の判定にはバイアスがかかっていましたね」
凛先輩が、僕が言った「交換」を作り直しと解釈したのがちょっと面白かった。とにかくチョコが食べたい気分みたいだ。
凛先輩の小さな舌が、チロチロとチョコの渦巻きを上からすくい取っていくのを、こっそり横目で見る。なんだかドキドキしてしまう。
「実際は、このチョコの量が、私が支払った金額に見合うものだと、私が納得できれば問題はありません。比べすぎもよくないですね」
反省を続けながら、凛先輩は一定のペースでソフトクリームを平らげていく。唇は―─おそらく僕と違って──全く汚れていない。上手だ。
「特に、自分が不利益を被った、と思った時や、相手に間違いを見つけた、と思った時は、人は第一の意見に飛びつきがちです。自分にとって都合のいい解釈が強く輝いている時ほど、別の解釈にも注意深く目を凝らす必要があります。わかりますか?」
難しい話だった。僕は僕なりに考えて、答える。
「ええっと、自分のミスか相手のミスかわからない時、相手のミスにしたくなるけど、それはよくないよね、ってことですか?」
凛先輩は穏やかに頷いた。
「そういう面もあります。本当に相手のミスだったかは関係なく、相手のミスであってくれ、という願望から結論を出すのは危うい、ということです。麻雀にも色々援用できる話ですが……」
「あ、今話題の打牌批判とかですか?」
最近も、麻雀を配信していた人が、視聴者から多くの打牌批判──麻雀の打牌にあれがダメだこれがダメだ言うこと──を受けたことが(おそらく)原因で、麻雀を打つモチベーションを失った事件があった。
そのことを思い出して、僕が深い考えなしに言うと、凛先輩は今までで一番深く眉間にシワを作った。
「その話題は……かなり難しい話です。詳しい話は、もう少し人数が多い時にしたいですが……」
凛先輩は、コーンを少し乱暴にバリバリと噛み、口に押し込んでから、深く息を吸って、話した。
「まず、打牌批判とは、『ある人の打牌について、ここがダメだと批判すること』とします。この批判が合っているか間違っているかは問いません。
結論から言えば、打牌批判にさらされている人──麻雀プロは一旦除いて、主に配信者さんの話ですが──に私が何か伝えられるとすれば、『自分が嫌だと思ったら、打牌批判者を自分のフィールドから排除することに躊躇しなくていい』、ということです。相手に悪気がなさそうだとか、麻雀界隈ではこれくらいは普通なのかだとか、悩むのはわかりますが、自分の感情を第一にして、自衛することを最優先して欲しいです。配信内でのブロックなどは配信者の権利ですから。
より段階を踏んだ話をするなら、概要欄などにルールを書いて、そのルールを破った人に対して対応を行う……というのが手順ではあります。
打牌批判者たちはどのように分類できるのか、だとか、何故麻雀界隈はそうなのか、という点については大いに語り合いたいところではありますが……そんなことより、特に新規の打ち手を守ることのほうが遥かに大事ですね。麻雀界の発展のために」
凛先輩は、無数の苦い言葉を飲み込んだように口を歪めた。
「その……自衛以外、どうにもならないんですか?」
「一部は注意喚起で緩和できるかもしれません。あるいは『打牌批判は卑しい人間のすること』と、偏った思想を流布することで減らせはするでしょう。ですが、あらゆる場所での根絶は不可能、というより不合理です。何故なら、何も聞かない人間は何も聞きませんし、第一、打牌批判を肯定、あるいは歓迎しているフィールドも少なからず存在するからです。
ここで、『打牌批判を自分のフィールド内で許す人にルールの変更を要求する』のは、はっきり内政干渉です。打牌批判を許さない人に許せと言ってるのと一切変わりありません。いえ、正義のために要求している、と認識している分、なお悪質と言えるでしょう」
「……」
それもなかなか尖った主張だ、と僕は思ったけど、バニラと一緒に飲み込んだ。
凛先輩は深く深くため息をつき、頭を押さえた。
「この問題は界隈に片頭痛のようにしつこく纏わりついてきて、尚且つ切り離しにくい非常に厄介なものです。現実的には、特効薬はありませんし、あったとしても凄まじい副作用があるでしょうね……全く、業腹ですが……」
正確な理由はわからないけど、凛先輩は明らかに怒っているようだった。
というか、激おこぷんぷん丸のようだった。
いつもより足取りが早く、足音も勇ましい。
そして凛先輩は、突然振り返って宣言した。
「特に深い意味はありませんが。ソフトクリーム、おかわりしませんか?」
僕は、凛先輩のこころとからだを心配しつつ、おずおずと頷いたのだった。