~1.誕生日を聞きたかった~
凛先輩は、とても麻雀だ。
だから僕は、その、大変だけど、とても楽しい。
「先輩、占いって信じます?」
二人きりの部室で、僕は何気ない雑談のフリをして聞く。高鳴る心臓の鼓動に気付かれないように、表情を制御しながら。
実際は、最終的に凛先輩の誕生日を聞き出す作戦だった。
「……そうですね。充分に有用だと思います」
凛先輩は横向きにしたスマホからゆっくり目を上げ、全てを見通すような透き通った瞳で僕を捉えた。
先輩は、後輩の僕にも敬語で話す。理由はわからないけど、尊重されているみたいでなんだか嬉しい。
私立七星高校麻雀部に入ってから一ヶ月。
未だに僕と先輩以外の部員を見たことがない。4人集まらないので対局が行えず、部室の中央にある新しめの自動卓と牌は、専ら何切るや牌譜検討用に使われている。
「見てくださいよ、僕のとこ。『ホンイツを和了りやすいでしょう』ですって」
麻雀雑誌の片隅にある、どこにでもある星座占いを指さす。僕はしし座だ。
「……へえ。いいじゃないですか」
先輩はいつもと変わらない、機械的というほどではないけれど平坦なトーンで言った。
「狙ったほうがいいですかね?」
「……」
僕の問いに、先輩は眉をわずかにひそめて思案するような顔を見せた。
もちろん先輩は合理主義なので、占いを信じて行動を変えるタイプではない、と思う。
しかし信じている他人にどういう対応をするかは別の話なので、僕は二次目標としてそこに興味があった。
繰り返すけど、一時目標は先輩の誕生日を知って、いい感じのプレゼントをいい感じの雰囲気で渡すことだ。
「……少し待ってください」
先輩はちらりとスマホの画面を見せた。南一局一本場、先輩は28000点持ちの2位だった。トビそうな人もいないし、ざっとあと15分程度だろうか。
「もちろん、待ちますよ」
対局の邪魔をするとガチで怒られるので、僕は待っている間、ティファールの電気ケトルでお湯を沸かすことにした。僕は紅茶、先輩はココアが好みだ。
ケトルに水を注いで腰を落ち着けていると、先輩が予想より早く「終わりました」とスマホを置いた。先輩はトップになっていた。勝った時だけ結果を見せる──なるべくさり気なく──のは麻雀打ちのしょーもない習性だけど、先輩がやるとなんだか可愛らしいからふしぎだ。
「カケルさん」
「はい、先輩」
先輩は高そうな椅子の肘掛に両肘を乗せ、おへその前で両指を組む。更に背筋をピシッと伸ばして足をしっかり閉じたそのポーズは、先輩の定番ポーズだ。
そしてその眼差しには、疑惑や苛立ちが含まれているように見えた。
「まず、確認しますが。あなたは、占いを信じていませんね?」
「……はい。すみません」
「謝る必要はありません。いえ、まだ謝る場面ではありません」
凛先輩はすぅ、と息を吸って一息ついた。やりすぎないためだ。
「信じていないことに基づいたアドバイスを求めないでください。求めていないことを求めるフリをしないでください。無意味ですし、不愉か……失礼、お互い時間の浪費でしょう。占いを本当に信じている人たちを揶揄したいとしたら、それは構いませんが、私は参加しません」
氷のような空気に、僕の胸がキュッとなる。「すみません」、と消え入るような声で言うのが精いっぱいだ。
凛先輩は「いえ……」と言って、少し視線を左右にさ迷わせた。落としどころを探しているみたいに。
「……ですが、いいテーマだと思います。このような占いがあるということは、私たちにどのような影響をもたらすと思いますか?」
凛先輩ははっと気付いたように立ち上がり、僕が用意したお湯を、僕が用意したココアと紅茶の粉末入りコップにそれぞれ注ぐと、僕に手渡した。(麻雀卓は飲食にも筆記にも用いてはならない)
そして「どうぞ」、と作った微笑み。
それは自然なものではないけれど、僕への配慮でもある。だから僕はこれが好きだ。
「ええっと……麻雀は占いみたいなもの、ってことですか?」
「まあ、ロマンチストですね」
意外だったのか、先輩は目を数回瞬かせた。それから真剣に考えこむ。
「麻雀の結果に何かを示唆されている、と思う人は一定数います。『麻雀が今日はやめろって言ってる』などは典型的ですね。『今日は続けろ』より『今日はやめろ』と言われている人の方が多く観察されるのは、つまりそう考えている人には負けが多い、と考察することもできますが、そうでない考察も充分できる点には注意が必要です。……こういう話ではありませんよね?」
「そ、そうですね……もうちょっとフランクになりませんか?」
「であれば……麻雀の結果で食べるご飯を決める人はいますが、これは大抵上位になるほど豪華な設定にしていますから、歩合い制感が強いですね……。……あぁ!"むこうぶち"で、麻雀の結果で結婚相手を決める回がありましたね。一回勝負で決めるなんて恐ろしいことを……と思っていましたが、つまりああいったことですか?」
「読んだことないですけど、まあそうかと」
先輩は一瞬意外そうな顔をして、いそいそと立ち上がる。そして、部室の本棚に並ぶ麻雀本・麻雀漫画の中から、多分該当の巻を抜き出して僕に渡してきた。自分が読む用?に隣の巻も抜き出しているのが面白い。
「究極的には、麻雀の結果が現実に影響を及ぼすのは、麻雀プロだけでいいと思いますが……」
地味に過激なことを言いつつ、凛先輩は後ろ手を組みながら部屋をうろちょろ歩く。
「ゲームはゲーム、現実は現実、と切り離せる人ばかりではありません。『誰でも平等に戦える』のは素晴らしいメリットですが、ひどく勝てばひどく恨まれることはありますし、徹麻(僕註:徹夜麻雀。夜通し麻雀を打つこと)をすれば後の予定に影響が出たりします。あくまで人としての営みの中でのゲーム、という異空間なんですよね」
凛先輩は少し寂しそうに言って着席し、優雅にココアを一口嗜んだ。そりゃあそれだけ喋ったら喉も乾くだろう。
「ちなみに、先輩がしたかった方向の話だと?」
「はい?……ああ。第一層では、『そういった占いを信じる人達が、オカルトを根拠に打牌を歪めるのは、こちらにとってはトータルでメリットである』、という話です」
「……第一層では?」
「はい。第二層は、『そのため、そういった思想を流布することは短期的に得だが、万が一それが主流になると特殊な環境が発生する可能性があるので怪しいし、何よりその状況は美しくない』、です」
「……まだ層があります?」
「はい。第三層は、『より事実に基づいた麻雀の布教を進めることと、自分の勝率を高める行動を心掛けることとは反発する。しかし真の信念に基づけば、前者が優先される』です」
「真の信念?」
「『"至高の半荘"のためには、"至高の打ち手"が4人必要』ということです。私もまだまだ精進しないといけませんね」
話すだけ話して満足した、とばかりに、凛先輩はスマホを持って、次の半荘を始めた。
窓の外から、運動部の生徒が上げる元気な声が聞こえる。
僕は、今日も凛先輩の話をたくさん聞けてよかったなぁ、と思った。
凛先輩の話は難しくてよくわからないけど、話している時の凛先輩はなんだか好きなのだ。
ふと、もう面倒になったのでダイレクトに聞いてみた。
「あの、先輩……先輩の誕生日って、いつですか?」
すると凛先輩は、何故だか少し誇らしげに胸を張って、答えてくれた。
「12月14日です。黒沢さんと1ヶ月違いですね」
僕は黒沢さんについても今度聞こう、と思ったのだった。