僕の好きな公園
人間の体内時計は最初は二十五時間らしい。でもそれは普通の生活をしてる人なら、例えば毎朝決まった時間に起きるとか決まった時間に昼食を摂るとかで二十四時間に調節されるらしい。
逆に言えばそんな決まった時間の習慣が無いと日ごとにズレが生じて昼夜逆転生活に突入することになる。
今の僕みたいにね。
現在深夜零時を回ったところ。確か寝たのは十六時くらいだからざっと八時間も熟睡していたことになる。
(八時間睡眠とか超健康体かよ。これで朝だったら完璧だったのに)
なんて脳内で戯言を宣いながらキシキシと鳴るベットから出る。
一階に降りてダイニングへ行き冷蔵庫の中を覗く。
案の定何も無い。いや、正確に言うなら空っぽとゆう意味の何も無いでは無く食べようと思えば食べられる。
例えば、生野菜とかケチャップやマヨネーズなどの調味料とか。だけどそれをそのままご飯と一緒に食べられるかと言われると微妙だ。
(納豆と卵は朝に食べたいしなぁ)
なんて思ってはみたものの今の自分にとっては夜が朝みたいなものだ。
この生活を始めてからしばらく経つが、未だに普通に生活していた時の感覚が抜けない。でもそのくせに昼夜逆転生活はやめられない。
仕方なく今日のところは牛乳だけで済ますことにする。
「ん…………ほぁ」
水分そのものをあまり補給しないタチなので、久しぶりの流動体が喉を通る感覚に体が本来の機能を思い出すみたいだった。
ほとんどを部屋で過ごして動かないため食事もほぼ一日一食で済ませているし、誰とも一言も言葉を交わさないから喉を使うこともない。そこまでいくとなんで生きてるのか不思議な気がしてくる。
飲み干したコップをサッと洗って戻すと二階にの自室に帰る。
しばらくベットに座ってボーッとした後外に出るために着替えることにする。
最近は夜になると少し肌寒くなるから長袖の裏地起毛のインナーを着ることにする。
これさえあればどんなに寒くても冬は越せる、は過言か。まぁとにかく薄いのに暖かくて動きやすい。外に出ると言ってもそんなに体を動かすわけじゃないけど。
上に着るのはパーカー。パーカー五着くらいあれば人は一生それを着て生きていけると思っている。本当に。
まぁ今はコーデについての偏った思想は置いておこう。別に誰かが見ることは無いんだ。せいぜい今から行くコンビニの定員くらい。
そそくさと玄関で靴を履いて外の世界へと躍り出る。
そこでひとつ、深呼吸。冷たい空気が肺を満たしてチクチクする。
「スーーー……はぁぁぁ―――やっぱり不味いな外の空気は」
声にならない声が口から漏れる。
(寒いから早く帰りたいけど、家に居たい気分じゃないなぁ)
みんなもこんなこと無いだろうか。
早く家に帰ってゲームをしたいけど、時々家に帰るのが惜しくてなんの目的もないが放課後をぷらぷらして過ごすなんてこと。
……学校行ってない奴が何言ってんだろうかと思われそうだけど、それと同じ感情だと思ってる。
(とりあえずコンビニ行こ)
コンビニまで十分ほどある。当たり前だが道中に人なんていやしない。時々車が通り過ぎるくらいだ。
でも警察が見回りに出ていることもあるから一応フードを深く被っておく。補導されたら面倒だ。
コンビニに着くといつもの夜勤の定員を横目に奥まで行く。
コーラと麦茶を冷蔵棚から取り出してパンコーナーへ足を進める。本当は惣菜パンが欲しかったけど今日はどれも売り切れらしい。菓子パンって気分でもない。
そうなれば選択肢はひとつ。ツナマヨおにぎり二つと鮭おにぎり一つを持ってレジに向かう。
「………袋は」
「あ、いります………」
片手にトートバッグを持っているのに咄嗟の質問にいりますと答えてしまった。
そんな僕の焦りも知らず、多分大学生かと思われる女の定員は無言でバーコードをピッと読み取っていく。
僕もなんて言うかそれを見つめるのも気まずいのでそれとなくスマホで時間を確認するフリをする。
ピッが終わるとレジのディスプレイの「スマホで支払う」を選びスマホ画面をピッとしてもらい済ませる。
きっと普通の定員なら「ありがとうございました」のひとつでも言うであろうがそれも聞かずにコンビニを出る。
それから来た道とは反対側の方向へ進む。今日は久しぶりに「あの場所」へ行きたい気分だった。
※
歩くこと十五分、僕はとある公園に来ていた。
この公園は別段変わったところがある訳でもない普通の公園だ。ただ街中にあるにしては少し大きめで高いところにある。
そうポイントは高い位置に公園があるから街を一望って言えるほど広い範囲を見られるわけじゃないが、いつも自分が見ている位置を見下ろすことが出来るとゆうこと。
街を見下ろせる公園の端に行き柵に肘を乗せて一望する。
別に綺麗だとかキラキラしている街じゃない。
だけどこうしているのが好きだ。何の変哲もない街を深夜誰も居ない公園で見下ろしている。そのこと自体が。
たっぷり五分ほどうっとりしてから近くのベンチに腰掛ける。
レジ袋からツナマヨおにぎりを取り出してむしゃむしゃと咀嚼する。ひとつ食べ終えると今度は麦茶を取り出して一息つく。
残り二つのおにぎりもまるで作業のように口へ放り込んでいく。
我ながら笑えてくる。
食事なんて栄養と食欲を満たせればいいと思っている自分にだ。美味しさなんて最初っから求めてないんだ。
ごくりと全部食べ終えた後に麦茶で洗い流す。そして形式だけの両手を合わせる。
それからは放心。食事の後は良くも悪くも無心になる。
たっぷり数十秒放心した後は持ってきた小説を読み始める。
街灯の明かりだけでは目を悪くしそうだが、もう今更だ。良くしようと思ってるならとっくに昼夜逆転生活は治ってる。
今読んでいる小説は「犯人が居るのに事件が起こらない」とゆう変わった推理小説だった。
内容としてはとある未解決事件を追っている記者がとある人物に目をつけ、話を聞くと「自分が犯人だ」と言い過去のことを話し始めるがなかなか事件が起こらないとゆう話だ。
まだここまでしか読んでいないから「いやいや、事件追って来たんだから事件が起こらないのおかしくない? 本当にこの人犯人なの?」とゆう感想しかないが多分ここから佳境へ入るんだろう。楽しみだ。
それから黙々と読み進める。何も邪魔するものなんてない。
「………」
物語はもうそろそろ終盤に入ったところだった。
犯人だと言う男の長い回想を聞き終えた記者は謎を抱えたまま男と別れ、メモを見ながら頭の中を整理をしている。
すると、あるひとつのことに気づきそれを調べると芋づる式に色んな情報が出てくる。
(なるほど……え、ちょっと待ってそれじゃあ―――)
あと少しで真相に届きそうになり事件の現場へ向かおうとしたその時、その背中を誰かが叩く。
振り返るとそこには―――
「ねぇ、何読んでるの?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」
天地がひっくり返った。
「ちょ、しっー! 誰か来ちゃうでしょ」
「いや、びっくりするだろそりゃあ! 最初っからそのつもりだったんだろ!」
「だからごめんって。ちょっとそのつもりあったけどそこまで驚くとは思わなかった。ほら」
そう言って自分と同じ歳くらいの女の子は尻もちをつく僕に手を差し伸べる。
「うわ、君軽いね。女の子みたいだ」
「悪かったな男の子っぽい体じゃなくて」
「ん? なんて?」
どうやら先程の悲鳴と怒声で喉のキャパを出力し切ってしまったらしい。実にみっともない。
ろくに返事もせずにすぐさまバッグとゴミだけを入れたレジ袋を持ちそそくさと帰ろうとすると声をかけられた。
「ねぇ、ちょっと待ってよー。何読んでたのってばー」
「………」
気にせず歩こうとするが、どうゆうわけかその女の子はついてくる。
「ねぇー、聞こえてますかー」
(そんなに読んでいた本がなんなのか気になるのか……?)
聞くことはならもっと他にあると思う。なんでこの時間に公園にいるのかとか。
もっとも、聞かれても答えないつもりだが。
「………」
公園の出口まで来たがこの雰囲気だとまだついてきそうな気がする……
早く逃げ切りたかったため咄嗟にバッグの中に手を突っ込み例の本を女の子の前に突き出す。
「え、あ、これ?」
「………」
まじまじと本を見つめる彼女に本を押し付けて本を持っところで全速力で走り出す。
「んぇ!? ちょっとー! もう、なんなの!?」
こっちのセリフだ、と心の中で呟きながら一心不乱に走る。
「明日もまた―――」
何か聞こえた気がしたが気にせず走る走る。ただ走る。
角を曲がってさらに走りもう一度角を曲がった頃でやっと止まる。
久しぶりに走ったせいで若干過呼吸になりそうだった。
しばらくその場でハァハァと息をつきながら整え後ろを振り向く。ついてきてないみたいだ。
落ち着いたところでとりあえず家の方向へと歩き出す。
夜風に当たると火照った体が汗と一緒に一気に冷えていく。そしてさっきまで混乱していた頭が一気に冷静さを取り戻していく。
(あーあ、いいところだったのに本押し付けて来ちゃった……続き気になるなぁ。
いや、そもそもおかしいのはなんであんなとこにあんな子がいたのかって話。百歩譲って自分みたいなやつが居たとしよう。でも先客にあんな風に話しけるか普通……)
そんなに後悔と疑問をぐるぐると考えながら早足で歩いていると割とあっという間に家に着いた。
ガチャガチャと二階で寝ている人が居るのも忘れて中に入り扉にロックをかけると急いで自室へ向かう。
扉を閉めるとそのままもたれかかって床に座り込む。未だに動悸がおさまらない。
動悸がおさまるのを待ったところで買ってきたコーラで一息つこうとする。
しかしそこで追い討ちをかけるかのように「ぷしゅー!」とコーラがボトルから吹き出る。
それもそのはずだ。驚いた時に落としたうえに走ってきたのだ。それだけ振られれば炭酸も吹き出さずにはいられないだろうさ。
「はぁ……」
何もしてないのにこんな災難な日は寝るに限る。
ふて寝するには十分すぎる理由だろう?