分からせ
いやあ、昨日は素晴らしい日だった。あのカザリナを俺のヒロインにできた上に、カザリナに嫉妬したらしいシャーリーが熱心な奉仕をしてくれた。充実したエロライフだ。
腰と心が軽くなった俺は気分よく授業初日を迎えた。今日の1時限目は剣術の授業だ。前世でのゲームの記憶しか持ち合わせていない俺にとっては、技能値が上がる授業のイメージしかないが、実際はどのような授業なのか、楽しみだ。
今日は校庭にある石造りの会場でノケン先生との模擬訓練により、クラス分けを行うらしい。俺は期待に胸を躍らした。しかし、すぐに期待外れだと分かった。生徒は型通りの技を披露するばかりで、ノケン先生に勝とうともしていない。せめてノケン先生の攻撃にパリィやジャスト回避で対応すれば、勝ち目も出てくるだろうに。
しばらくしてレイドの番となった。期待の戦闘だ。レイドは昨日よりも鋭くなった剣閃で以てノケン先生を圧倒していく。おお、流石主人公成長が早い。しかし、攻撃が速くなった分雑になっている。剣を避けられたところを、手を打たれて終わった。
俺は嬉しくなった。昨日よりも確実に主人公が強くなっている。その勢いでまずはクラリスとリーゼインを守れる男になってくれ。
次に剣術授業のヒロインのアリエルが出てきた。アリエルは赤髪をショートカットにした黄色の瞳をした女の子で、かっこかわいい感じだ。実直な剣で挑むもノケン先生に敗れた。
ようやく、俺の番になった。俺はノケン先生に対峙して非常にイラついた。こいつ俺を見下してやがる。俺を見下していいのは、俺に勝利した主人公だけだ。それが真の悪役ってものだ。なのに、剣も交わしていないのに既に勝ったつもりである。上等だ。格の違いを見せてやるよ。
俺は剣を構えると、ちょいちょいと手招いてやった。本来、攻め手に回るのは格下に許されたことだ。手招きすることでお前が格下だから攻め手に回っていいよとアピールしたことになる。こめかみに血管を浮かべて打ち込んでくるノケン先生。俺は正眼に剣を構えたままで、動かない。いくらノケン先生が打ち込んでも姿勢を崩さない。
周囲は異常さに気がついたのか、ざわついている。そうだ。俺が最強の悪役だ。こんな雑魚が俺を見下していいわけがない。ノケン先生は覚悟を決めたのか、武技を使うようだ。使う武技はやりこんだプレイヤーなら構えで分かる。修羅一閃か。一撃に特化した攻撃だ。
俺は呆れた思いで隙だらけの発動を見過ごしてやった。武技は強力だ。だが、対人戦においては相手の態勢を崩してから使用するか、絶対に邪魔されないようにするのが基本だ。でないとこうなる。
閃光の速さで迫りくる一撃、俺は剣が振り抜かれる直前に合わせて手の甲を跳ね上げる。木剣と手の甲が交差する。パリィ成功である。まだまだなんだよ、という戒めを込めてゆっくり木剣を首筋に当てて引く。首に赤い痣が残る。この意味が分からない剣術士なら死んだほうがいい。
だというのに、ノケン先生はせこいことをした。
「まあまあだな。合―――」
全身を魔力で活性化して、ノケン先生の木剣を三つに切りわけた。負けを認められないなんて、情けない。手前が格下で、俺の方が強い。きちんと負けを認めろ。成長したいなら、そこからだ。
ノケン先生は全身を震わせて、今日はここまでと宣言して帰ってしまった。周囲を見る。周りはドン引きの表情だ。いやアリエルと主人公だけが俺に挑戦的な目を向けている。なら、いいか。俺は悪役としての本分を果たしているということだ。
俺は2時限目の魔法の授業に向かった。
魔法の授業では俺の癒しであるステラがいた。ステラはとててと俺に駆け寄ると俺の隣の席に座る。
「すごいすごい!ディーベルドはすごい。渡された材料から逆算すれば、石化病の治療薬の作り方が分かった。どうして分かったの?」
「元々知っていたからだ」
俺は素直に答える。大好きなヒロインたちに嘘をつくようなことでもないからだ。
「ディーベルドはすごい。貴方は私の恩人。必ず恩を返す」
「まずはお母さんを助けてからにしてくれ、まあ、期待しておくよ」
「ん。分かった」
俺はヒロインと一緒に勉強をするという癒しの時間を過ごした。何故か魔法の先生であるホーマ先生がびくびくとしながら授業をしていたが、俺は魔法を使えるだけで魔法については無知といっていい。新鮮な気持ちで授業を受けた。
3、4限目は普通の授業だ。歴史と数学だった。俺にとっては異国の歴史ということで必死に勉強した。数学に関しても20年近く前に勉強したきりだったので、心配だったが、意外といけた。これなら、数学は勉強しなくても解くことができるだろう。
騒動は昼休みに起きた。ステラは俺と一緒にご飯を食べようと誘ってくれた。勿論、俺に断る理由はない。しかし、そこにカザリナがやってきた。手作り弁当を片手にだ。
周りは騒めいた。風紀委員に咲く可憐な花が、俺という毒に侵されていると。
カザリナは俺のために弁当を作ってくれたという。俺はすでにシャーリーが作ってくれた弁当を持っている。さあ、どうするか。
アンサー。俺は弁当を二つ食べることにした。食べ盛りだ。どうしたということはないだろう。ただ、これが毎日続いても困る。シャーリーと相談して弁当を作ってくれと頼み込んだ。カザリナは不満そうにしていた。ステラもなんだか膨れていた。だが、毎日は俺の胃袋が持たん。
カザリナの弁当は桜でんぶでハートマークが書かれたベタなやつだった。俺は気にせず食べたが、周りの人間、特にカザリナに憧れていた人間は卒倒しそうになっていた。カザリナはすでに俺の女だ。譲らん。
気がついたらステラとカザリナの間で火花が散っていた。
「カザリナ……先輩は、ディーベルドのこと好きなの?」
「ああ。愛している。生涯を共にするつもりだ」
「んん!?……そう……私もディーベルドのことが好き」
「そうか。ならば、ともにディーベルドのことを支えよう。時折こいつは馬鹿をするからな」
「ん……わかった」
修羅場になるかと思ったがそんなこともなかった。俺はカザリナの弁当をパクつきながらその光景を眺めていた。
「そういえば、カザリナは今日の放課後は暇?」
「いや、無茶な勧誘をする部活動があるから、当面は忙しい」
「その無茶な勧誘のことで相談がある。風紀委員の人員を割いてほしい」
「それは……どれくらいのことだ」
「うん?2人いればいいよ」
「そうか。私も行くといいたいところだが、私とお前は恋仲だ。中立が保てないかもしれない。代わりに私の同期で信頼できる奴をよこそう」
嫌な予感がする。
「それって、エール先輩のことじゃないですよね?」
「なんだ。知っていたのか。エールだよ。信頼できる」
「うーん」
正直言ってエール先輩とは顔を合わせづらい。エール先輩はカザリナ先輩に憧れて風紀委員に入った先輩だ。そのカザリナ先輩と付き合っている俺には好意的ではないだろう。かといって、彼女は真面目な性格をしている。目の前の悪を見逃すような人柄でもないだろう。よし、俺は決断した。
「エール先輩でお願いします」
「ああ。いいやつだからよろしく頼む。だが、くれぐれも手を出すなよ」
「ええ?どっちかっていうと俺が手を―――」
「ごほん」
「はいはい。じゃあ、午後6時30分に玄関で待ち合わせをするようにお願いします」
俺は今日の放課後に備えるのだった。