敗北と再起
ディーベルドがリーゼインに絡んでいると聞いて、校庭に急いだ。しかし、2人の姿は見えない。俺が焦ってリーゼインを探していると、リーゼインの方から声を掛けてきた。
「レイド?どうしたのですか。そんなに慌てて」
リーゼインがディーベルドに絡まれている様子はない。リーゼインはディーベルドと関わると、いつも暗い顔をするからすぐに分かる。
「いや、生徒からリーゼインがディーベルドに絡まれているって聞いて……」
はっとした。俺とリーゼインがターゲットではないなら、残るのはひとりだけだ。クラリスが危ない。
俺は必死になってクラリスを探した。いつもいる場所にはいない。途中、泣きながら2人の生徒が走り去っていった。その生徒が来た方向が気になった。人のいない教室が並んだ場所だ。誰かを連れ込むには適している。
俺はぞっとした。クラリス!
校舎を走っていると、人の気配がある教室があった。ドアを開く。
そこには、破れた服の上にディーベルドの上着を着たクラリス、ブラジャーが見えている、と魔メラを片手に悠々と佇むディーベルドがいた。
この野郎!リーゼインに相手にされないからってクラリスに手を掛けやがった!
俺は激情のままに咆哮のように声を上げた。
「ディーベルド。お前っ!」
ディーベルドは俺の声を涼風のように受け流した。
「遅かったな。レイド」
クラリスの方に手を向けて言い放った。
「クラリスはこの通りだ。中々楽しい時間を過ごしたようだぞ」
クラリスに手を出しやがって!俺は怒りとともに剣を引き抜いた。
「ディーベルドォオオオオ!」
俺の人生の中で最速の一撃が振るうことができた。これで、ディーベルドの奴を斬る。しかし、ディーベルドは、何事も無いように手で剣を弾いた。
このまま剣を持っていれば、態勢を崩す。そう直感した俺は、自ら剣を手放した。
ディーベルドの拳がみぞおちに迫っている。さっき剣を手放していなかったら、この攻撃を避けられなかった。後ろへのダッシュ回避をして避ける。
瞬間、追うようにしてディーベルドが目の前に現れた。くそっ!俺はとっさに全力で拳を振りかぶった。次に何が起こったのか理解できなかった。
ディーベルドが腕を抱き込むようにすると、俺の身体が回転して地面に叩きつけられる。背中が強く打ちつけられたことで、呼吸が止まる。動きが止まる。
それを狙ったように、ディーベルドの足がみぞおちを踏みつけた。苦しい!呼吸ができない。もがく俺にディーベルドがいった。
「お前が弱いと、平民のクラリスが狙われるぞ。この程度強さじゃあまだまだだ。さっさと冒険をしろ。そして強くなれ」
こいつ、クラリスを汚しておいて、そんなことを!しかし、助けられなかったのは俺だ。悔しい。悔しい!
「ちくしょう。ちくしょう」
こらえきれずに涙が出てきた。情けない。
ディーベルドが魔メラをクラリスに渡して、教室から出て行こうとした。
「ディーベルド!」
リーゼインが来てしまった。すまないリーゼイン。今の俺じゃあ、君を守れない。逃げてくれ。そう思っていた。
「いままで悪かった」
ディーベルドはそう言い残して去っていった。
クラリスが俺に治癒魔法を掛けてくれる。段々呼吸が楽になっていく。
俺は涙が流れるままにクラリスに謝った。
「ごめん。ごめんよ。クラリス。俺、お前を守れなかった」
「大丈夫だよレイド。私は大丈夫だし、ディーベルドには何もされなかったよ」
頭の中に沢山の疑問が浮かぶ?ディーベルドには?じゃあその服装は?なんであいつはいたんだ?どれも聞きたかった。その前に、クラリスが説明してくれた。
「私、マルコ・コーザとバルノ・ズークに乱暴されそうになったの。そこにディーベルドがやってきて2人を倒してくれたの。服を破られた私に上着も貸してくれて、随分気を使ってくれたの」
頭の中がさらに混乱する。平民を人間とも思わない貴族の典型ともいえるディーベルドがクラリスを助けた?むしろ楽しんで乱暴に加担するような奴のはずだ。
リーゼインも同意見のらしく、信じがたい表情をしている。
「前もマルコ・コーザに絡まれていたときも助けてくれたし、今までのディーベルドじゃないのかも」
俺たちとディーベルドとの間には浅からぬ因縁がある。あのクズ野郎がそう改心するとは思えない。
「そういえば、わたしもディーベルドに『いままで悪かった』っていわれました」
リーゼインがそう付け加える。ディーベルドがリーゼインに謝罪をする。それもいままでのディーベルドの印象とは違う行動だ。
「俺は正直いって、いままでのことからあいつが改心しただなんてまだ信じられない。でも、クラリスを助けてくれたことは確かだ。それに、あいつがいっていたことは正しいと思う」
「レイド……」
この学園の治安は悪い。俺がただの平民のままだったら、俺とクラリスは食いものにされるだけだ。それでもこの学園に来たのは、強くなるためだ。ディーベルドの言葉が頭をリフレインする。
『お前が弱いと、平民のクラリスが狙われるぞ。この程度強さじゃあまだまだだ。さっさと冒険をしろ。そして強くなれ』
そうだ。俺は強くならなくちゃいけない。クラリスとリーゼインを守るために。
そのために学園に来たのだから。
「クラリス、リーゼイン。今日からでもダンジョンに行こう。俺たちが強くならないと身を守ることもできない」
「……うん」
「はい」
それで俺は正面からディーベルドに勝利して、あいつに問いただしたい。
あいつにだけは負けたままではいられないから。
教室に差し込む太陽光に弾き飛ばされた俺の剣が鈍く光った。