タイラント
圧倒的な暴威を以て棍棒が振り下ろされた。常人であれば、頭蓋が砕かれて屍を晒すこととなったであろうが、金髪に空のような色の瞳の少年は姿が霞むほどの速さで避けて、反撃をした。その一撃一撃が、重く深く巨人の身体に刻まれていく。
赤髪の少女と白いウサギ耳を持った少女は、巨人と少年の攻防に巻き込まれないようにしつつも、確実に巨人への攻撃を重ねていく。巨人の注意が2人の少女に向くことはない。それほどまでに金髪の少年は巨人に恐れられているのである。
これなら、私も手加減をする必要はなさそうだ。魔力を杖に込めて、魔法名を唱える。杖先の周囲にゆっくりと刻まれる魔方陣、確実に仕留めるために魔力を充填していく。
それを見て取った少年が叫んだ。
「散開!」
3人の少年少女は一斉に巨人から離れる。直後、炎の柱が巨人を包み込んだ。
轟轟と響く業火、巨人の叫びが聞こえる。炎の柱が収まることには、全身を焦がした巨人が倒れこんだ。
威力には問題なさそうだ。私もダンジョンで戦える。彼と一緒に戦える。
そう思うと、胸が躍った。
◇
「ふーっ」
息を吐きながら全身の力を抜く。今回のダンジョン攻略に低レベルのステラを参加させるということは緊張することだったのだろう。ましてやステラは後衛だ。アリエルとミューザよりも物理防御力は低い。一撃でやられるようなことは無いにしろ。大怪我をする可能性があると考えると、不安は拭えなかった。
実際は、ステラの戦い方は安定感のある戦い方だった。強力な魔法を持っていながらもヘイトを奪わないように配慮していた。流石はステラだ。今回の戦いでまだ油断するわけにはいかないが、大分安心できた気がする。
そう、俺たち4人はエーデル平野のダンジョン攻略に挑んでいた。
昨日、俺という侯爵家次男暗殺未遂事件があったが、被害者という立場であること、ホーマ先生と証言が一致していること、魔メラの写真があったことがあってその夜には解放された。
次の日には学園に登校して、普通に授業を受けることができた。剣術の授業の新しい先生がいたのには驚いたがまあ、いい。問題があるとするならば、入学式の日よりも一般生徒から恐れられていることだ。観戦会場では100にも及ぶ小舟を沈め、帆船を落とす。俺とヒッポカムポスが中継されており、ミューザによると皆がその戦いぶりに怖がっていたらしい。
水上模擬戦に勝利したら学内人気度が上がるイベントなのだから、圧倒的な勝利をした俺の人気度が上がったっていいだろうと思うがこうなってしまったものは仕方がない。ダンジョンを攻略し、学内掲示板の依頼を攻略していって、少しでも挽回していくつもりだ。
最近では依頼の受付さんと挨拶するし、錬金術や薬学の授業を取っている生徒からは手を振って挨拶されることもある。きちんと効果が出てきているのだろう。
継続していこう。それはともかく。
「ナイスファイト。ステラ。流石魔法の使い方が上手かったよ」
「ああ。魔法使いがいるだけで戦闘が早くなるな」
「魔法ってかっこいいですねぇ」
「ん。ありがとう」
「さて注目」
俺は皆の注目を集めた。
「今日の目標を発表する。それは、このエーデル平野のボスモンスター討伐だ。理由は2つ。1つはアリエルとミューザの能力上昇が大分遅くなってしまっている。2つは学内掲示板のエーデル平野に関する依頼がなくなってきているからだ。今日中にステラの力量を一気に上昇させたうえで、ボスモンスターに挑む。いいな?」
「……分かった」
「……分かりましたぁ」
「ん」
アリエルとミューザが不安を滲ませながら了承した。逆に一番レベルの低いはずのステラは不安を感じていないようだ。普通逆じゃないか。
そこからひたすら、ミューザの索敵を使ってサイクロプスとギガンデスを倒し続けた。最終的には1体につき、ステラの魔法が加わったおかげもあるが、1体につき、5分ほどで倒すことができるようになっている。やはり適正レベルが近づいているのだろう。
格上を倒すことによって得られる経験値ボーナスのことを考えると、やはりそろそろ次のステージにいかなければならないな。
俺たちはこの平野にある。あからさまな異物である。燃え続けている廃塔に向かう。道中にシャーリーに頼んで買ってもらっておいたフルポーションを各自に渡しておく。
「これはフルポーションだ。持っておけ」
フルポーションは購買部のイベントを達成するか、一定時期になるまで学園で購入することはできないが、ミッドフィルド家の伝手を使えば、容易に手に入った。保険は掛けておかなければならない。
「フルポーションか。ありがたく使わせてもらう」
「わわっ!ありがとうございますぅ」
「ん。ありがとう」
「それで作戦だが、俺が巨人タイラントと戦う。あとの3人は絶対に攻撃を食らわないように気をつけながら、隙を見つけては攻撃を重ねてくれ。攻撃を食らったらフルポーションを使って安全圏に逃げてくれ」
アリエルが眉を吊り上げた。彼女の誇りを傷つけたのかもしれない。
「ディーベルド、気遣ってくれるのはありがたいが、そんな戦い方では私自身が強くなれない。私も戦いたい」
「悪いが、戦いたいなら装備を変えて、能力を上昇させてくれ。今回なら一撃食らったらもう危ない。アリエル。まだ力不足なんだ。」
悔しそうに唇を噛みしめるアリエル。でも仕方がない。レベルは適正ギリギリだろうし、何より装備が初級並みだ。このままでは1撃耐えるのがせいぜいだ。
「……わかった」
「ミューザもだぞ。あとステラは一撃も食らわないように離れてほどほどに攻撃してくれ。後は俺がやる」
「分かりましたぁ」
「ん。分かった」
「よし、行くか」
廃塔に近づいていくと、こちらに気がついたのか、塔内から巨大な手が出てきて、崩れかけの塔を掴んで立ち上がってくる。50mは超えるのではないかという巨体、燃え続ける身体。まさしく怪物だ。ここに存在するサイクロプスやギガンテスたちの王。燃える巨人タイラント。
さあ格上殺しといこうか。
◇
力不足だと言われて悔しかったが、認めざるをえなかった。昨日の水上戦。会場で私もディーベルドの戦いを見ていたが、鎧袖一触という言葉がふさわしいほどの圧倒であった。
私ではあのようには戦えない。
それでもという意地があった。実家には嫁に行って家に貢献するようにといわれている。だが、私には剣で自らの道を拓いていきたい、騎士になりたいという夢があった。その夢のためにもこんなところでただ見ているだけだなんて、己を許せない。
廃塔から現れたタイラントに果敢に攻めるディーベルド。あれは私たちに注意が向かないように積極的に攻撃をしてくれているのだろう。
大地を大きく揺らす踏みつけ攻撃にも霞んで見えるような速さで以て回避し、足首を攻撃し続けている。
それは神話のような戦いだった。ただ人が何十倍もの大きさの巨人に挑んでいる。巨人から見れば小動物が針を片手に挑んできているようなものだろう。それだというのに今も戦い続けている。なんという力量だ。
私は、自身を抑えるのに必死だった。私もあの戦いに参戦したい。その思いがあった。しかし、今の私にはあの戦いに割って入る力がないことは分かっていた。
ディーベルドは1人でもやってみせるといったのだ。せめて、タイラントが態勢を崩すまでは近づけば、ただ巻き込まれて一撃を貰うことになるだろう。
ステラは氷柱を敵に打ち込んでいる。魔法使いだから確と距離を取ってディーベルドを援護している。私とミューザはその戦いを見ていることしかできない。
15分ほど経過した頃だろうか。ディーベルドが剣を足首に深く差し込んで切り払った。すると、タイラントは倒れこんで手を地面に着いた。
今だ!私とミューザはタイラントの足に回り込んだ。タイラントは虫でも叩くように払うように必死にディーベルドを狙っている。ディーベルドはこちらに注意を向ける様子はない。
無防備にさらされた足に武技を入れていく。燃えている身体に刃を入れていくだけでこちらも焼けている思いだ。ディーベルドはどうやってこんなのと渡り合っていたんだ。手が焼ける。ミューザは短剣だからもっと痛い思いをしているだろう。
ここで仕留める。その思いで剣を振るい続けた。
突然のことだった。ディーベルドが叫んだ。
「全力で離れろ!」
私とミューザは全力で離れた。ディーベルドの声が真剣だったからだ。その瞬間私たちの背後の空間が燃えた。
巨人タイラントが亀のように丸くなり、身にまとう炎が強くなっている。
ディーベルドが近づいてきた。私とミューザにポーションを振りかける。
手の火傷が一気に癒されて、痛みが取れた。
「やるな。もっと早く食らうかと思った」
「私は速いですからぁ」
「私は騎士になるんだ。この程度の敵には屈しない」
「あははははは」
何が面白いのか、ディーベルドは笑う。……一体今の言葉の何が面白かったんだ。
ディーベルドはようやく笑うのをやめると、いった。
「これからタイラントの攻撃が無茶苦茶になる。一撃食らったら即離脱。約束だぞ」
「ああ」
「わかりましたぁ」
しばらくまっていると、タイラントの炎が鎮まった。ディーベルドが早速切りかかる。私とミューザは警戒して少し様子を見ることにした。タイラントは駄々っ子のように手を振り回したり、座ったまま蹴りを繰り出したり、転がって潰そうとやることに合理性がない。
とはいえ、手をこまねいて見ているわけにはいかない。今もディーベルドは戦っている。背中から近づいて切りかかる。相変わらずディーベルドがヘイトを取り続けている。どれだけすごいんだあいつは。
その瞬間である。振り回された手の甲が私を跳ね飛ばした。内臓が吹っ飛ばされたような痛み。即座にフルポーションを飲んで離脱した。
気づいていなかったがミューザも既に一撃貰っていたらしく、遠目にその戦いを見ていた。ステラは打てる限りの氷柱を打ち込み続けている。
「ディーベルドさん、時折攻撃を盾に受けているんですけど、どうやってこんなのこらえているんですかねぇ?」
「それこそあいつのいう装備と力量と技量、そして繰り返した結果なのかもしれん」
ディーベルドは振り回される攻撃を丁寧に避けて、巨人タイラントの身体を刻んでいく。
ようやくその時が訪れた。巨人タイラントが自らの身体を支えられなくなって倒れこんだ。
ディーベルドは疾風のように喉元に近づくと剣で喉を切り払った。瘴気に還っていく巨人タイラント。疲れを見せずに笑顔のディーベルド。その姿を見ていると昔憧れた英雄譚の主人公のようで胸が高鳴った。




