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神童の帰還

 俺は暗殺未遂の被害者として丁重に保護された。ホーマ先生も同様だ。


 転移門の前にはすさまじい数の警察官たちが待機している。大事件な上に、加害者が500人近くいる。今も静寂の海にいる犯人たちの確保することだけでも大仕事だ。そのあとの取調べなどまで考えると、俺だったら仕事を投げ出したくなるな。


 警察局に連れていかれる俺を観客たちは恐れる目で見ている気がする。これ、水上模擬戦で勝ったのに学内人気度は上昇してないどころか、マイナスになっている気がするな。まあ、仕方がないな。


 遠巻きに俺を見る人の間からステラとアリエル、ミューザがでてきた。頑張って人混みをかき分けたらしく。だれもが息を切らしている。


ステラが胸をなでおろしていった。


「ディーベルトが無事で、本当によかった」


 俺は息を切らして安堵するというステラのレアな表情を見られている気がして、得をした気分になった。


 アリエルが目を輝かせていった。


「ディーベルト、お前、本当にすさまじいな。悪をあの様に制圧できるとは!」


 アリエルは強さに憧れがあるからな。他の学園生たちとは違ってかっこよく見えたらしい。


 ミューザが少し耳を丸めていった。


「ディーベルトさん。少し怖かったですぅ。でも無事で良かったですぅ」


 ミューザらしい感想で少し笑った。


 馬鹿たちが馬鹿なことをしたせいで、心が少しすさんでいたが、癒された思いだ。


 校内放送で、本日の水上模擬戦は中止だというアナウンスがされている。まあ、これは俺が死んでいても中止になっていただろうから、他の生徒には諦めてもらうしかないな。


 俺は同行する警察官とともに警察局へ向かった。



 ディーベルド・ミッドフィルドの父、グラゼスト・ミッドフィルド侯爵の前には3つの手紙があった。1つはディーベルド・ミッドフィルド自身が書いた手紙だ。


 手紙には、記憶喪失になったことが軽く書かれており、シャーリーについて自分個人のメイドとしたい旨が書かれている。


 2つ目の手紙は、今回の侯爵家次男暗殺未遂に関する学園からの報告書だ。


 最後の手紙は、ミッドフィルド家がディーベルドについて報告する密命を受けている使用人からの手紙だ。ディーベルドが入学してからの行動が逐一書かれている、詳細な行動記録だ。


 グラゼストはこの行動記録を読んでいくうちに、自らの中から溢れる喜びにとうとう大笑した。


 その声を聞きつけたのだろう。執務室の扉がノックされる。


「お父上、いかがされましたか」


 ミッドフィルド侯爵家が長子、エーデルド・ミッドフィルドの声だった。グラゼストは指で目じりに浮かんだ涙をぬぐうと、入室許可を出した。


「エーデルドか。入れ」


 そこには物語に出てくるような貴公子のようだった。柔らかな金髪、空を映したような水色の瞳、細緻に至るまで神の手が入ったように整った柔和な顔立ち。


「お父上がそこまで笑われるのは、珍しいことですね」

「ああ。素晴らしいことが起こったのでな」


 エーデルドはその素晴らしいこととは一体何なのかを探るべく、執務室の机の上に目をやった。学園からの手紙を表す紋章とミッドフィルド家の使用人からの手紙を見て、整った顔が歪められた。


「とうとう、ディーベルドを廃嫡するに足る愚かな行いでも致しましたか?」


 そう。エーデルドはディーベルドのことを嫌悪していた。

 リーゼイン・レシフィスという少女への執着を拗らせて、本人に嫌われて、自らも性根を歪ませていくという愚かしさが醜いのだ。

 また、その行動も不快である。身分を笠に着た傲慢さには愛想がとうに尽きている。あれと血がつながっているというだけで吐き気がする思いだった。


 グラゼストは、にやにやと面白そうにそんなエーデルドの様子を見ている。

 どうやら、見立て違いのようだ。エーデルドは感じ取った。


「それはそれでよいことかもしれないが、もっと素晴らしいことが起きたのさ」


 父上がここまでいうのも珍しい。エーデルドは興味を持った。


「あの日々のディーベルドが、神童が帰ってきたのさ」

「―――」


 瞬間、エーデルドの頭の中は真っ白になった。

 恐る恐る、尋ねる。口に出してしまったら幻のように消えてしまうのではないかと思ったのだ。


「あの神童のディーベルドが、ですか」

「ああ」


 全身を貫く喜びに身体が震えた。思わず手が握りしめられているのが分かった。


「父上、私にもその手紙を拝見させていただいても」

「ああ」


 グラゼストは密命を受けた使用人からの報告書と学園からの手紙をエーデルドの方にやった。


 エーデルドは隅から隅まで確と読みふけった。

 使用人からの手紙にはディーベルドが入学式の日から、記憶喪失となり人柄が変わったようにふるまい、多くのダンジョンを踏破、様々な女の子と関わっていることが書かれている。

 学園からの手紙には、ディーベルドが暗殺未遂されたこと、その詳細な報告書であった。

 エーデルドは読みながら、身体の震えが止まらなかった。


「確かに、あの日々のディーベルドに似ているように思います。しかし、まだ確実だとはいえないのではありませんか」

「その手紙だけだと、そうかもな。使用人から密かに報告があったのさ」

「どのような」


 エーデルドは答えを急いた。グラゼストはもったいぶっていった。


「あのシャーリー(・・・・)が身体を許した(・・・・・・・)とな。それに学園からも別口の報告があった。ディーベルドが未踏破ダンジョンを攻略したとな」

「そうですか……そうですか!シャーリーの見立てなら間違いないでしょう!」


 平時は理想的な王子様のようなエーデルドが落ち着きなく立ち上がった。


「それで父上、今後は一体どうされるおつもりなのでしょうか?」

「とりあえずは静観だ。あのディーベルドが一体何を為すのかを見てみたい。学園の悲願もあることだしな」

「……そうですか……」


 意気消沈したようになって、崩れるようにソファに座り込むエーデルド。それを見て苦笑するグラゼスト。


「夏季休暇には一度帰ってくるようには伝えておく。楽しみに待っていろ」

「……はい」

「さてと」


 シャーリーのことについて、ディーベルドに手紙を書くグラゼスト。その内容をみてエーデルドは苦笑する。


「父上、シャーリーはディーベルドが使用人にしたのですから。そのような条件をお付けにならずとも」

「あのディーベルドならこのくらいの方が奮起するだろうよ」


 書き終わると、赤い蝋を垂らしてミッドフィルド家の紋章を押す。そうしてグラゼストは立ち上がって腕を鳴らした。


「どうされましたか。父上」

「お前も喜びの余り平時の冷静さを欠いているらしい。我がミッドフィルド家に牙を剥いた愚か者どもの一族には制裁が必要だとは思わないか」

「―――ああ。暗殺未遂のことがありましたね。あのディーベルドが帰ってきてくれたことが嬉しすぎて頭から抜けておりました」

「その気持ちは分かるがな」


 グラゼストは猛々しい笑みを浮かべた。覇者の表情だ。

 エーデルドは冷酷な笑みを浮かべる。策略家の表情だ。


「この件でどこまで食らいつくしてやろうか、どう潰してやろうかと考えると腕が鳴らないか」

「ええ。本当に。あのディーベルドに手を出した愚か者たちにしっかりと思い知らせてやりましょう」


 その日から、ミッドフィルド家の当主と次期当主は宮廷工作を始めた。今回の一件に携わった者たちにより致命的な一撃を与えるために。


 暗殺を企てた、コーザ家、ズーク家、そして魔法庭球部員たちの家は絶望的な未来へと向かっている。

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