三話 『異常』
「ここが俺の家だ」
そう言って恵己野が指差したのは一軒家だった。
「意外に儲かるんだね、差し伸べる者だっけ」
刺子は感心した様子で、顎に手を当てながらそれを観察していた。
「語弊があったな。えーっと、まぁ、俺が買った訳じゃないんだ。」
「ふぅん。」
興味無さげに刺子は扉に近づき、早く開けろと言わんばかりに目配せをした。
「なんも無いね」
部屋に入っての第一声がそれかよ、と思いながら、恵己野は棚から書類を取り出す。
「で、今後のことだが…」
「なんも無いじゃん!」
ごそごそと冷蔵庫を漁っている。常識インストールはどうしたんだよと呆れながら、恵己野は説明を続ける。
「まずお前はこれからどうしたいかを聞きたい。俺と一緒に働くか、それか普通に…」
「あの子みたいなのは見捨てないって言ったじゃん。私も戦う。」
冷蔵庫漁りの手を止め、確と宣言する。
「OK、申請しておくよ。それで、後は検査だな。」
「検査?」
「あぁ、お前が人間として生活する為に必要なことだ。」
「えぇ…」
物凄く嫌そうな顔をする刺子を無視し、話を続ける。
「受けなかった場合、お前は妖力を抜かれて元のラッコに戻ることになるが、それで良いのか?」
びくんと刺子の体が跳ねる。
「そ、その検査ってどんなの…?」
振り向きながら恐る恐ると質問する。
「まず知能テスト、その次戦闘力テスト、その次は…」
恵己野は顔を伏せる。
「次は?」
「…」
「ねぇ!ちょっと!!次は!?」
「まぁ、頑張れや…ここじゃ書けない話だから…。」
「不穏!!」
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二人が到着したのは山奥。目的地はそこにあった。
『妖力管理研究所』─通称ラボ。凶魔獣の妖力の抽出や、人化獣に検査を行うのもこの施設の役割だ。特殊な防護壁により、妖力使いとして登録されている者以外には見えないし、入る事もできないようになっている。
「ここだな。」
自動ドアが開き、二人を招き入れた。そこには長身の男がいた。
「恵己野様、磯貝様ですね。」
髭を生やし、スーツに身を包んだ男。板垣進。真面目で仕事をそつなくこなす、出来た男である。
「あ、ご無沙汰っス。」
「検査の件ですね。」
「そうっス。」
「それでは早速…」
「あ、その前に。」
そう言うと、恵己野は一本の針を生成した。翡翠色で穴が空いており、糸が通っている。
そのまま針は刺子の胸に突き刺さった。
「う、うわわわ!!」
「魂結び…。これでお前は俺が生きてる限り死なない…。はぁ…体力…めちゃくちゃ消費すんだよなこれ…はぁ…。」
「心配性ですね。」
男が呆れながら恵己野を見る。
「はぁ…はぁ…万が一って事があるかもっスから…。そんじゃ…後は頼みます…。」
ふらつきながら恵己野は去って行った。
「それでは、あの部屋へお進みください。」
「あぁ、はい。」
困惑しながらも刺子は気を引き締めた。
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恵己野の胸はざわめいていた。どうも嫌な予感がしてならない。アクシデントは無い筈だ。彼処は警備も厳重だし、試験用凶魔獣の管理も疎かにしていない。それでも第六感が彼に警告していた。保険は掛けたが、まだ不安は拭えない。
「親バカなのかな、俺…。」
そう言いながら、キャベツを買い物カゴに放り込んだ。
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知能テストは問題なかった。次は戦闘力テストだ。
招き入れられた部屋に刺子は驚愕した。
壁には亀裂が入り、クレーターもいくつか見られる。
「な、なるほどね…。」
部屋の惨状を見渡しながら、恵己野の心配振りに納得した。
「ご心配なく。これまでにこの試験でお亡くなりににられた人は居りませんので。」
アナウンスが入る。全く信用出来ない、そう思いながらも、刺子はそこに居るしかなかった。
「開始します」
声が聞こえると同時に、目の前の鉄格子が開く。暗闇の中に何かが揺らめいている。
あれか、と刺子は構えた。魔獣が首を出す。
その魔獣は、首から下が無かった。
空気が凍る。
「何!?」
異常に慄いたのは板垣だった。即座に監視カメラを確認するが、破壊されている。
「…!?」
刺子は動けない。『何か』がこちらを突き刺している。
そうしているうちに、『何か』が暗闇の中から現れた。
スーツに身を包んだ男が姿を現す。掴んでいた魔獣の首を放り投げ、ゴキゴキと首を鳴らした。
刺子は戦慄した。露出している顔に皮膚や肉は無く、骨のみがそこにあった。しかし人間の頭蓋骨では無い。まさに異形とも言うべき姿だった。
「なんッだ…あの男は…!」
「防護壁が…破壊されている!!」
研究員たちの焦りを他所に、男は口を開いた。
「あー…別に此処を壊しに来た訳じゃあねェ…。」
監視カメラを見ながら男は話し始めた。
「用があんのは…コイツにだけだ…。」
刺子を指差す。刺子は恐怖で動けず、口も開けない。
「ふゥん…結構可愛いな…勿体無ェ…。でもまァ、あの人の命令だし…仕方無ェよなァ…。」
言い終わった瞬間、男が姿を消す。
次の瞬間、男の腕は刺子の腹を貫いていた。
鮮血が飛び散り、白色の男の顔を紅く染める。
「はい、終了、ってなァ。」
男は潰した虫を払うように、刺子を放り投げた。
三話 『異常』完