二話 『合意』
二話 『合意』
「やっべぇ〜…」
恵己野はポケットに手を入れ、必死に目的の物を探す。が、無い。
「縛りプレイになるな…」
自嘲しながら彼は眼前の魔獣に目を向ける。
「…等級は猛獣級辺りか…はぁ…」
勝てなくはない。が、確実ではないと彼は察知していた。
イルカの凶魔獣は身を上げたと思うと、ジェット機の如く加速し恵己野の元へ突っ込んできた。咄嗟に飛び退き、転がりながらも針を構える。
「やるしかねぇか…!」
そう言い終わると同時に、針を投げる。しかし─
「ちっ!弾かれるか!!」
貫通力が足らず、針は表面を掠めるだけに留まってしまった。ひゅう、と驚嘆の息を漏らす。強い。攻撃を全く気にせず、イルカは頭を上げ、エネルギーを貯め始めた!!
またアレだ!!そう確信した恵己野は妖力を体表面に集中させ、腕をクロスしガードした。
爆音。堪らず吹っ飛び、無様に転がった。
「くっ…そ」
なんとか立ち上がる。幸いにもダメージは少ない。が、完全に防げたわけではなかった。
「ちっ…妖力が…足りねぇ…」
衝撃は内臓に届いていた。込み上げた血反吐を吐き捨てる。
勝機はあった。逃げて『サプリ』を探し、完全に力を取り戻すことが出来ればほぼ確実だった。しかしそうなれば、水族館の破壊は免れない。逃した少女も殺されるかもしれない。迷いが生じていた。敵を侮った。それが彼を今の結果へ導いた。
後悔と焦りが彼の脳内を支配した。頭上では魔獣がエネルギーを溜めている。
「死んだかな…こりゃ…」
妖力が抜けていく。深く溜息をつきながら目を瞑る。
「待って!!」
突然の人の声。恵己野は振り向き、その姿を視認する。
そこに居たのは、逃した筈の少女だった。
「馬鹿…!お前、逃げろって言っただろが…!!」
はっと気がつき、恵己野は叫ぶ。
「!!おい!早く逃げろ!!今コイツが…!」
イルカの方へ首を戻す。
それは完全に沈黙していた。真っ直ぐに少女を見据えている。恵己野が困惑していると、少女がこちらへ歩いて来た。それに呼応するように、魔獣はゆっくりと地上へ降りた。
「カイルくん」
少女が慈愛に満ちた目を魔獣へ向ける。その時、恵己野は初めて魔獣の目に悲しみを読み取った。
「辛かったよね。」
少女は魔獣に近づき、優しく頭を撫でた。
「うん、うん…そうだよね。キミだって、好きでそうなった訳じゃないんだよね…。」
何やら語りかけているようだった。その様子を恵己野はじっと見つめる。
少女は魔獣を撫でながら、恵己野の方へ顔を向ける。
「この子、いきなり力が手に入って苦しいんだって。ほんとはこうなる筈じゃなかったんだって。」
魔獣の目が涙で潤んでいる。
「ねぇ…この子、元に戻せないの?」
少女も涙を流し、恵己野に問いかける。
「出来る」
強く断言した。
少女の顔はぱぁっと明るくなり、イルカに笑いかける。
「ちょっと眠ってな。」
なけなしの妖力を振り絞り、新しい針を生成する。
「何それ?」
「麻酔針だ。ちょっとチクっとするぞ。」
そのまま針を魔獣の体の比較的柔らかい部位に刺す。途端にイルカは目を閉じ、眠りに落ちた。
安堵の息を洩らし、恵己野は少女に振り返る。
「ありがとな。君が来てくれてなかったら…」
「ねぇ」
「なんだ?」
「私、貴方についてく。」
「え」
思わぬ幸運。逆に驚いた恵己野は間抜けな声を出してしまった。
「そ、そりゃまたなんでですかい?」
「この子の他にも、苦しんでる子が居るかもしれない。そう思ったら、私…逃げることなんて出来ない。」
納得の理由だった。彼女は彼女なりの強い目標を持ち、恵己野の前に立っていた。
「成る程な、そりゃ助かるよ。で、君の今後についてなんだけど…」
「君、じゃない」
あぁ名前で呼ばないと駄目か、そう思いながら恵己野は名前で呼び直す。
「えーっと…なんだっけ、そう!コーラちゃん、ね」
「違う。」
「へぇ?」
「人間っぽい名前、ちょうだい。」
確かにそうだ。目の前の少女をコーラちゃんと呼ぶのは少々笑えるが、流石に問題だ。と彼は思った。
「んと…そうだな…まず苗字…磯貝でいいな。それっぽい。」
「下の名前は?」
「あ、葵…とか?」
「私っぽくない」
「…刺す、の刺と、子供の子で、刺子とか…」
駄目かなと思いつつ聞いてみる。自分のネーミングセンスに恵己野は呆れた。
「ぷっ、あははは!まっ、まんまじゃん!あははははは!!」
恵己野は恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
「でもいい、気に入った!今日から私は磯貝刺子!よろしくね、ハジメ!」
「気に入ってくれたなら良かったよ…」
頭を掻きながら立ち上がる。
「そんじゃ、帰るか。」
手を差し出す。
「うん」
二人は歩き出した。奇跡の積み重ねで掴んだ帰還への道。しかしこの戦いは序章に過ぎなかった。二人の冒険は、まだ始まってばかりであった。
「あ、別に手は繋がないよ。私子供じゃないし、ハジメのが小さいから私も歩きにくいし。」
「そ、そうか…」
二話 完
お話が長いよ〜
いや、ほんとはこんな長くなる筈じゃなかったんですよ。一話で収める予定だったのに。次回からはもう少し話のテンポ早めたいと思います。