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妖共の人と為り  作者: 中抜きミンチ
1/3

anthem dedicated to all living creatures

よろしくお願いします。

少年は水族館へ来ていた。といっても、別にデートだとか、自由研究の為に来たのではない。時刻は昼の12時。彼の「仕事」には、まだ早すぎる時間だった。

雲丹の如く尖った頭、黒い服に季節外れのマフラー。

彼の名は『恵己野 一』。体は小さいが、彼はれっきとした妖術を扱う 『差し伸べる者』(セーバー)である。彼は任務を果たすべく、この地に足を運んでいた。

「…出ねぇ」

彼はスマートフォンを耳に当てながら、苛立ちを示すように足をぱたぱたと鳴らした。

「おーっす」

電話が繋がる。彼の元保護者でもあり、今は上司である女だ。

「ほんとにこんな早く来る必要あった?」

「そりゃ必要でしょうよ〜」

「…まぁ確かに下見は必要だけどさ、もっと遅くて良かったんじゃないのか?今日は見たい番組があったんだけど…」

「ばかたれ、情緒磨け情緒!じゃ!」

電話が切られる。少年は溜息をつきながら、スマホの電源を落とした。

「ま、確かに久しぶりだしな…じっくり見て、あとの時間は寝よう」


イルカのコーナーへ来た。『妖力』の匂いがしたからだ。

妖力。近年発見され、それと同時に一部の生物だけに宿ったエネルギー。その生成原理は脳に関係していると言われているが…教えられても恵己野には理解が出来なかった。

一部の生物とはいっても、人間はほぼ全ての個体がそれを有している。自覚出来るか、それを扱えるかが分岐点であるだけの話。しかしテロや犯罪を防ぐ為、妖力を自覚しない者たちには、その力は秘匿されている。それは権力者も例外ではない。


そこでは飼育員がイルカに餌をやっていた。その中でも大き目な奴が餌をすぐに取ってしまうので、飼育員の女も困り顔だった。

しかし、違うな、と恵己野は思った。何故なら、より強い妖力の気配がしていたからだ。それがここまで来ているのだろう。恵己野はその発生地へと向かった。


彼が到着したのはラッコのコーナーだった。そこには頭が真っ白になっているラッコが1匹。こいつだ、と彼は思った。強い妖力の匂い。例えるなら生ゴミの入ったゴミ袋に穴をあけた時のような。そんなふうに妖力が溢れていた。

彼は冷静にそれを確認すると、すぐに踵を返した。今は触れる必要が無いからだ。彼が仕事をするのはもう少し後。目の前のこの生物が『変化』した時である。


妖力をもった生物はある時を境に姿を変える。力を求めて異形と化した『凶魔獣』、人間として社会に溶け込む『人化獣』。大まかにこの2つに分けられる。動物園や水族館といった施設に住む生物は後者になりやすい。彼らの目には人間は楽そうに映るのだろう。他人の苦労はわかりにくいものだ。

そのどちらになるかはまだわからない。故に居座っても無駄と判断した恵己野はトイレへ向かった。安全に寝られるのはそこだと考えたのだ。

トイレへ着いた恵己野はマフラーを外し、放り投げた。

「囲繞」

彼がそう唱えると、マフラーは広がり、拡がり、彼を包んだ。その容貌は雲丹そのものだ。こうなったら何も通さない。爆風くらいなら耐えられるので、凶魔獣が暴れても多少は問題ない。

「さて…」

彼は眠りについた。


彼が目を覚ましたのは夜の10時だった。彼がここまで居座れたのには理由がある。不明な妖力の発生地にはセーバーが送られる。そしてその任務をサポートする者も派遣されている。といっても、彼らは戦闘員ではない。上手くその場所の人間を説得、あるいは薬品などによって記憶を消すなどして、情報の漏洩を防ぐのが彼らの仕事である。防護術をかけ、戦闘から建造物や財産となる生物を守るのもその仕事の一つだ。

恵己野が居座れたのもサポーターの事前交渉あってのことであった。

「今、何時だ…」

時計を確認する。

「結構寝たなぁ… でもここも壊されてねーし、音も聞こえない。多分凶魔獣になったわけじゃねぇな。」

マフラーを巻き直し、トイレから出る。月がスポットライトのように彼を照らした。恵己野は先程のラッコの元へ向かった。


到着。水槽は割れていない。

「ってことは、やっぱ凶魔獣じゃなさそうだな」

そう言いながら彼はラッコの方へ目を向けた。

「!?」

彼はそれを見て赤面した。そこには裸の少女が座っていたからだ。

「ちょっ!聞いてねえっ!!」

人化したとはいえ元は動物、それでも思春期の彼には刺激の強い光景。彼は落ち着きを取り戻すべく、深呼吸をした。

「落ち着け、落ち着け…はっ」

少女と目が合った。少女は恵己野を視認すると、途端に顔を赤らめた。人化獣は人間になると同時に、人間の常識をインストールされる。動物の頃に周囲の人間から無意識に常識をコピーしているのだ。それ故に彼女は強い羞恥を覚えた。

その様子に恵己野は慌てた。

「と、とにかく服!!」

用意されていた服を取り出し、少女の前に投げる。

「それ、着てくれ!!」

目を逸らしながら、服を指差す。少女は彼に背を向け、服を着た。布の擦れる音と未だ鳴り止まぬ心臓の鼓動だけが、彼の耳に入っていた。


「着替えたよ」

少女に声をかけられる。気づけば少女は恵己野のすぐ横に来ていた。彼は顔を上げ、彼女の顔を見る。

雪の結晶の如く白く輝く髪、ヘリオライトのようにオレンジ色に煌めく瞳。一見人間に見えるが、残った耳と尾が彼女が人間ではないことを示していた。

(か、可愛い…って、こいつは元々動物だぞ!?俺はケモナーの趣味は無い!!)

煩悩を掻き消すべく、彼はぶんぶんと首を振った。

「あ、そ、そう…その服、気に入った?」

「ださい」

直球の返事。彼の選んだ物では無いとはいえ、なんとなく堪えた。

「そ、そう…」

「でも、これはこれでいい。なんか、面白い。」

一応は気に入ってくれたようだ、と恵己野は一安心した。胸にワカメ?が巻かれているが、彼女的には満足なようだ。

「そ、そうだ。俺、恵己野一。君を保護しにきたんだ。」

「保護?」

「そう。君は今、右も左もわからないだろ?だから助けにきたんだ。」

「嫌。」

ばっさりと断られる。

「い、嫌…?」

困惑極まる様子で恵己野は聞き直した。

「私、自由になる。せっかく出たんだもん。飼育員さんにはもう会えないかもしれないけど…私は人間になったんだし、一人で生きてみたいの。」

彼にとっては完全に予想外の答えだった。このままでは任務が失敗に終わってしまう。情報漏洩の危険もある。何としても彼女は連れ帰らねばならなかった。

しかし無理も無いとも思った。常連客ならまだしも、初対面の人間についていく道理など彼女には無いと考えたからだ。しかし退く訳にはいかない。説得すべく彼が口を開いたその瞬間だった。

──咆哮。

耳を劈く轟音に、二人は咄嗟に耳を塞ぐ。

「なんっ…だこの音っ…!!」

ただの轟音ではなかった。音波。それが彼らを襲っていた。

恵己野は音の鳴る方へ目を向けた。上空に何かが浮かんでいる。

「イルカ…か?」

シルエットはイルカそのもの。だがそれは凄まじく巨大化していた。それは恵己野たちを視認すると、こちらへ一直線に向かってきた。

「速ッ」

イルカが突っ込んでくる。恵己野は咄嗟に少女を抱えながら転がった。防護壁にヒビが入る。

恵己野はすぐに立ち上がり、自分たちを攻撃せんと視線を向ける怪物と向かい合った。

まさに異形。以前の可愛らしい姿は見る影も無く、目は紅く爛々と輝いており、牙も生えている。表面の質感も岩のようにごつごつとしており、色も真っ黒である。かつて幼少期にシャチの骨格を見て想像した怪獣に似ている、と恵己野は思った。

「戦るか」

恵己野は手に妖力を込め、物質を生成した。それは巨大な針。彼の能力は『針を生み出し、操る』ものである。

しかし彼はその力を呪った。針という武器の性質上、必ず相手を傷つけてしまう。彼の仕事にはまるで不向きな能力であった。だが彼は解釈を拡げることで、それを多少軽減している。

「隠れてろ」

少女に命令する。交渉の途中だが話している暇は無い。

「…」

少女は不安気な表情を浮かべながら恵己野の顔を見た。だが構っている暇も無い。

「早く行けッ!!」

彼がそう怒鳴ると、火をつけたように少女は走っていった。

「さて、と…さっさと終わらせるか」

恵己野は『サプリ』を取り出すべく、空いた左手でポケットの中をまさぐった。が、お目当ての物はそこには無い。

「あれっ」

無い。無い。

「やっべぇ〜…」

冷や汗が一気に噴き出る。今日自分は死ぬかもしれない、と恵己野は思った。


一話 『邂逅』完

感想お待ちしてます。誤字脱字や矛盾などありましたらご報告してくださると助かります。

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