#94 ドキドキマシマシ
ダブルデートという名目で集まっていたというのもあって、まさかこうして夕夏と二人っきりで夏祭りを回ることになるとは思っていなかった。
それはそれで嬉しいことなのだが、身構えていなかった分、緊張が一気に押し寄せてくる。
ただの二人きりじゃない。浴衣姿の、いつもと違う雰囲気を纏った夕夏と二人きりなのだ。普段出さない耳元を出した髪型は、視界に入る度に胸を高鳴らさせる。
馴染みつつあった手の温もりも、今日は数度高いような気がした。
「どうしたの?」
「っ……!」
心ここにあらずな俺を心配してか、夕夏が顔を覗き込んでくる。こういう一挙手一投足が鼓動を加速させ、心臓の残機をどんどんと消費していた。
「なんでもない。ちょっと夕夏にドキドキしてただけだ」
「え……!?」
………………おっと。思ってたことが口から零れてしまった。どうにか誤魔化そうと口を開くが、その行動の意味を悟る。
これを訂正すれば、夕夏の魅力を否定することに繋がる。どうやら俺は、この暴露を認めざるを得ないらしい。
夕夏の顔は、ゆでだこのように真っ赤だ。これが平時なら、熱中症だと迷わず病院に連れていくだろう。
そうだ、今日はそれくらい暑い。俺が口を滑らせたのも、きっと暑さのせいなのだ。
「友哉君……」
「……なんだ?」
これから何を言われるのかと、張り詰めた感覚が襲ってきた。
夕夏の逡巡が、手の動きから伝わってくる。
「実は、私もすごいドキドキしてるんだけど……」
「あ、ああ」
「その……聞いてみる?」
「はぁ!?」
突飛な提案に、俺は思わず声を上げる。ここが喧騒に包まれた場所で助かった。危うく、通行人の注目を一身に集めるところだった。
「違うの! えっと、いやらしい意味じゃなくて!」
パッと手を離して、両手を使って夕夏は誤解を解こうとする。
心臓の音を聞くなんて、そんなの耳を近づけないといけないだろ……ひ、左胸に……。これがいやらしくなくて、なんだというんだ。
「……じゃあなんだ」
「今、くっつくだけでも分かるくらい心臓が鳴ってて……多分、ハグとかしたら……」
向かい合い、口にされた夕夏の弁明は、尻すぼみになっていく。結局、どういうことなんだ……?
「ご、ごめん……もう少し分かりやすく言ってもらえるか?」
すると、全身が衝撃に揺さぶられる。両手の自由が利かず、締め付けられるような感覚は、初めての経験だった。
「急に褒められて好きが溢れちゃったから、ハグしたかったの! もう、これでいいでしょ!」
俺の胸に顔を埋め、夕夏はくぐもった声で白状する。その感触がくすぐったく、笑いが漏れる。
「な、何がおかしいの?」
顔を上げた夕夏は、少し怒り気味で問う。
「いや、おかしくなんてない。俺も同じ気持ちだ。……手、緩めてくれるか?」
これじゃあ、一方的に抱き着かれているだけだ。それもそれで好かれていると実感できるが、今はそういう気分じゃない。
拘束が緩まり、自由になった両手を夕夏の背中に回す。
「こんなにくっつかれたら、俺の心臓の音聞かれそうだな」
「ふふっ、すごいドキドキ言ってるよ」
夕夏の体を通して届くこのリズムは、果たしてどちらの鼓動だったのだろうか。
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