#92 そして次なるイベントへ
夏休みのイベントは、海で終わりじゃない。あれから一週間が経過した頃、ついに夏祭りの当日を迎えていた。
すでに日が傾き始めた夕方、集合場所である階段下には夕夏と井寄の姿はない。
「どうやら、先に来ることができたみたいだね」
「ああ」
俺と茂木は、固い握手を交わす。デートのお約束――『待った?』『今来たところ』をするため、気持ち早めに到着しようと事前に二人で作戦を練っていたのだ。
作戦は無事に成功。これで、後はゆっくりと彼女達を待つことができる。
俺達が待機している間にも、カップルや友達の集団など、様々な来場者が階段を上がっていった。今日という日の特別な装い、浴衣の華美さが目を引く。
その中には、時々甚平を着た男性の姿もあった。
「俺達も、それっぽい格好するべきだったかな」
隣の茂木に、俺は何気なく尋ねる。俺も茂木も、普段とそう変わらない服装だ。俺はデートということで、それなりに気合いを入れて髪をセットしたりはしているが。
「まぁ、男子が持ってることなんて、そうないからね。たしか、桃もレンタルしてくるって話だよ」
「そうなのか」
「夕夏の方はどうなんだい?」
「母親のおさがりがあるみたいだ」
もちろん、着た姿は一度も見ていない。フライングで見られることを、夕夏はとても嫌がっていた。だから、色や柄などの情報を俺は一切知らない。
「お待たせー!」
ちょうどそこに、井寄の元気な声が割り込んでくる。下駄の固い音は、井寄の足取りに加えてもう一つ鳴っていた。
「二人とも早いね。もしかして待ったかな……?」
遠くから俺達を見つけて慌てたのか、夕夏達は息を切らしていた。いつもと違う不安定な足元で走らせてしまったのは、男達の見栄が原因だ。
浮かれすぎていた自分を戒め、俺は夕夏の手を取った。
「待ってないから大丈夫だ。それより、足痛めてないか?」
「う、うん……ありがと。一応、痛くならない方法教えてもらったから平気だと思う」
「少しでも違和感があったら言ってくれ」
こくりと頷く夕夏は、普段の快活さが影を潜め、どこか子どものようだ。心配が先行したとはいえ、合流して早々ムードを台無しにしてしまった。
空回ってばかりの自分に嫌気が差して、俺は次の言葉が出てこなくなる。
「はい、心配はこれくらいにしといて! 私達すっごいおめかししてきたんだから、感想ほしいなー」
そう言って一回転した井寄は、元の位置に戻るとポーズを決めた。くすんだ紫を基調とした浴衣は、井寄の髪色と相性が良く見える。
「桃、これは自分で選んだのか?」
「そうだよー、似合ってるでしょ」
「びっくりしたな。僕よりも桃の方が、桃の魅力を分かってるみたいだ」
「それどういう意味ー?」
「桃が、新しい自分の魅力を僕に教えてくれたってことさ。とても似合ってるよ」
その言葉に、井寄は「そ、そう……」と顔を赤らめる。消えかかりそうな夕陽が、顔に射したようだった。
「ほ、ほら夕夏も! トモちんに感想聞かなきゃ!」
自分の羞恥を誤魔化すようにして、井寄は夕夏に話を投げる。さっきの気まずい距離のまま、夕夏は上目遣いで俺を見つめてくる。
「どうかな……?」
夕夏が身に纏っているのは、朝顔の浴衣だ。その華やかな印象が、モノトーン調になることで一気に大人びた雰囲気を感じさせる。
いつもの明るく、少女のような可憐さを持つ夕夏が、遠くに行ってしまったと錯覚を起こす。まるで、高嶺の花のようだ。
「すごい大人っぽくなったと思う。可愛いっていうよりも、綺麗だ」
「そうかな……ありがと……」
夕夏の反応は、しおらしさではなく照れが前面に出ていた。
そして、口に出してから、自分が相当直球で褒めたということに気付く。
茂木か誰かが吹いた、口笛の音が鼓膜を揺らした気がした。
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