#91 本音で語ろう
帰りの電車は、時間帯の都合もあってがらんとしていた。横並び一列で座った俺達のうち、ほとんどが数分足らずで寝息を立て始める。
水泳の授業の後は、眠くなるというのが鉄板だ。やはり、水場ではしゃいだ後というのは眠気に襲われるものなのだろうか。
遊び疲れた体を休ませながら、適度に揺れる柔らかな椅子に腰掛ける。……うん、これは眠くなる。
「ふわぁ……」
無防備にも、大きな欠伸が出てしまう。睡眠中の茂木が寄りかかってきていて、右手が口元に間に合わない。
俺以外の全員が寝ていて、誰にも見られていないのなら良かったのだが。
「ふふっ、友哉君も眠いの?」
囁くような小さな声で、夕夏はくすくすと笑って言った。そう、俺の隣に座る彼女は周りと違い、意識をはっきりと持っていたのだ。
「……少しな」
「でも、友哉君が寝ちゃうと私一人でみんなのこと起こさなきゃだから、ちゃんと起きててよ? それに、最寄りまで暇になっちゃうし」
「後半が本音か?」
「うーん、どっちも本音だから二対八くらいかな」
それはもう、前者はほとんど関係ないじゃないか。なんてツッコミも、まどろんだ体では声に出せない。何をするにも、勢いが足りなかった。
「ねね、今日楽しかった?」
俺を眠気を引きずり出そうという魂胆か、夕夏は声の調子を明るくして聞いてくる。
「ああ、こんな楽しい夏休みは初めてだ」
予定らしい予定もなく、友達もいないから家から出ることがない。そんな不健全で非建設的な夏休みを送ってきていた。その頃から比べれば、一日中外で友達と遊んでいるなんて、充実度でいえば天と地の差だ。
「夕夏、ありがとう」
「どうしたの急に?」
「いや、言っておかきゃって思ったんだ。夕夏のおかげで、俺はこうやって青春を送れてるんだろうなって」
普段なら恥ずかしくて言えないかもしれない。けれど、判断力の鈍った今は抵抗もなく素直に言葉を紡げた。
夕夏は眉を下げると、首を横に振る。
「違うよ。友哉君が青春できてるのは、友哉君が勇気を出したからだよ。私はただ、自分の恋のために友哉君に声をかけただけなんだから」
「それでも、俺は助けられた。夕夏が前に進む勇気をくれたんだ」
「……もう。分かった、じゃあこのお礼は受け取っておきます」
照れ隠しみたいに口調を整えてから、夕夏は柔らかな表情を見せる。
少しして、隣から「よし」という声がする。何が良かったのかはさっぱりだが、良かったのなら良かった。
「ねぇ、友哉君」
「……なんだ?」
正直、眠気が限界を迎えそうだ。声が聞こえているはずなのに、どこか遠くで鳴っているようだった。
「私、友哉君のこと大好きだよ。……友哉君は、どう?」
「そんなの――」
決まってるじゃないか。俺だって大好きだ。
しかし、この思いを口に出せたのか。意識を闇に落とした俺に、その真相は分からなかった。
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