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#90 華々しく輝く、夏の思い出

 夜になると、賑わっていたビーチからも人影は消えていった。人々の喧騒が遠のき、波や通り抜ける風の音がはっきりと聞こえる。こんなにも自然の音が周囲で鳴っていたのかと、気付かなかった自分自身と共に驚いた。


「夏とはいえ、日が沈むと少し冷えるね」


 そう言いながらパーカーに袖を通し、腕を擦る夕夏。夕方の時点で、もう泳ぐことはないと全員着替えは済ませていた。それでも日中と気温差があり、服選びは難しい。俺も、念のために持ってきていたシャツを羽織る。


「こんな夜なら、肝試しをする必要もなさそうだね」


 誰へ向けたわけでもなく、ぽつりと呟いた茂木に、九条の鋭い視線が刺さる。


「ちょっと、変なこと言わないでよ」


「む、九条は幽霊が苦手なのか」


「は、はぁ? 幽霊なんて、そんな非科学的なもの、いるわけないでしょ?」


 何を信じるかは人の自由だ。それにしても、夏祭りの期間限定とはいえ、仮にも祭事に携わる人間の言うセリフではない気がするが。


「瑠璃ってば、怖がりだなー。そうやって怖がってると、本当に――」


 不意に、井寄は懐中電灯を取り出し、自分の顔を下から照らす。お手軽で定番の脅かしに、九条は小さく悲鳴を上げた。


「るーりー……わぷっ……!」


「もう、余計なことしないで」


 片し忘れていた水鉄砲で、九条は一転攻勢に出る。私服で水を浴びた井寄には同情するが、これに関しては自業自得というものだろう。それに、井寄の露出の多い服であれば、すぐに乾く……はずだ。


「ほら、遊んでないで! あんま遅くなると電車なくなっちゃうから」


 軽く手を叩いて、夕夏が場の注目を引く。夕夏の脇には、花火セットが抱えられていた。


「遊ぶなら、こっちでしょ?」


「そうだった! 私、夜の海で花火してみたかったんだよねー!」


「それなら、これもノートに書いておかないとね」


 笑みを浮かべた茂木が、俺にウィンクを飛ばしてくる。これは……その場で書き込めということか。

 俺は鞄から青春ノートを取り出し、『友達と海に行く』の項目に『友達と海で花火をする』と書き足す。


「よし、それでこれを……」


 みんなに見える場所で、左端のチェックボックスに印を付ける。


「やった! これでクリアだね!」


 チェックが付くことを、井寄は喜んでくれた。改めて実感する、これは俺だけじゃなく、俺達の夢を記したものなのだと。


「まずはこれからだよー」


 夕夏が、取り出した花火を順に手渡していく。それに茂木が着火していくと、先端から勢いよく花火が飛び出した。


「えっと……これはススキ花火って言うんだって」


 説明書を読んで、夕夏が花火を紹介をしてくれる。


「たしかに、そう見えるかもな」


 尾を引く黄金色が、秋の風物詩――十五夜のお供にそっくりだ。夏真っ盛りだというのに、一足飛びで秋を感じることになるとは。


 それから、ネズミ花火、スパーク花火、ロケット花火と見慣れたラインナップを楽しみ、袋の中はあっという間にトリだけとなった。


「やっぱ、花火のラストって言ったらこれだよね」


 点火し、じわじわと火花を散らし始めた線香花火を見つめ、井寄はしんみりと言う。この火が消えた時、それが夏の終わりだというような、そんな儚さが線香花火にはあった。

 すると、しんとした雰囲気に似つかわしくない咳払いが聞こえてくる。


「堂島、どうかしたか?」


「あ、ああ……! 実は、線香花火の燃え方にはそれぞれ呼び方があってだな!」


 俺は、見事に堂島の策に引っかかったようだ。花火に負けないくらい顔を輝かせ、堂島は雑学を披露しようと息巻いている。

 さすがに無下にするわけにはいかず、俺は仕方なく話に乗ることにした。


「へぇ、そうなのか。良ければ教えてくれないか?」


「もちろんだ! まず、線香花火の燃え方というのは、人の一生を表してると言われてる」


「思ってたより壮大な話かも」


 九条だけでなく、他の面々も堂島の話に興味を持ち始める。掴みとしては、最高の出だしだった。


「点火から火の玉が大きくなってくまでの過程を、花を咲かせるまでの状態として『蕾』と呼ぶ。そこから、次第に力強く火花が弾け始める『牡丹』。さらに勢いを増し、激しく火花を散らす『松葉』。火花の勢いが落ち、音も小さくなる『柳』。そして、火の玉から輝きが消え、落ちるまでを『散り菊』と言うんだ」


 俺達の線香花火の経過に合わせて、堂島が解説を挟んでいく。まるでツアーのようなひと時は、心に幻想的な感傷を生み出していた。


 全ての過程が終わり、散り菊となった線香花火が光を失う。直前まで囲んでいた灯りが消え、暗闇が海辺を支配する。


「――それじゃ、帰ろっか」


 そう誰かが口火を切るまで、俺達は今日という夏の思い出に取り残されていた。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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