#89 勝利のおいしさ
「夕夏、トモちん、負けないからね」
「私達だって、負けるつもりはないよ。ね、友哉君?」
「ああ、そうだな」
最終試合を前に、最後の相手である茂木と井寄と対峙する。現在、一位との差は十秒。俺達が優勝するには、負けることなく最低でも二十秒を獲得しなければならない。
時間一杯まで戦い、一人しか倒せない時が問題だ。それでは一位タイとなってしまい、再戦の必要が出てくる。
「絶対優勝して、お昼奢ってもらうんだから!」
「桃、それだと食い意地張ってるだけにしか聞こえないよ。僕達が目指してるのは、優勝の方だろ?」
「あ、そうだった!」
若干不安になるやり取りではあったが、有終の美を飾りたい気持ちは同じらしい。
「私達は最下位決定だし、常識的な買い物ができる方を応援させてもらうから」
「え!? それってもしかして、私達のこと――」
「そんなわけないでしょ。桃に奢るのが一番怖いに決まってる」
「そんなー!」
たしかに、奢らせようと息巻いている人は怖い。海の家にそこまでの高額商品があるかは分からないが、財布へのダメージは当然懸念するだろう。
「そろそろ始めよう。俺達に屈辱を与えるのがどちらのチームなのか、気がかりで仕方ない」
「あ、ああ分かった……」
催促する動機が悲しすぎる。負けた以上、勝負の行き先を指を咥えて見ることしかできない。そんな哀愁が堂島から感じられた。
「どっちのチームも準備できてる?」
「もちろん!」
「合図を頼む」
九条は小さく頷くと、手に持ったスマホを掲げて宣言した。
「よーい、スタート!」
これまでの試合と違い、立ち上がりは緊張感に包まれていた。誰一人として、その場から動こうとしないのだ。
このまま時間が経過すれば、攻めあぐねた俺達がポイントを獲得する前に試合が終わる。それを相手は狙っているのかもしれない。ポイント差が変動しなければ、必然的に優勝は茂木達になるのだから。
とはいえ、焦って突っ込めば集中砲火が待っているだろう。俺の傘も、夕夏の長距離射撃もタネは割れてしまった。何かしら対策を練られていてもおかしくない。
「夕夏、二人の気を引いてくれるか?」
小声での提案に、夕夏は同じようなトーンで返答する。
「いいけど、友哉君はどうするの?」
「大周りで、旗だけを取りにいく」
ポイント差のことを考慮すれば、これが一番確実な方法のはずだ。正面きっての戦いは、僅かなミスで敗北へと繋がる。
幸い、夕夏の水鉄砲は比較的タンクに容量があるタイプのものだ。相手が戦いづらい距離感で、意識を逸らし続けられる。
「できそうなら、二人を旗から引き離す感じで撃ってくれると助かる」
「うん、分かった。頑張ってみるね」
作戦会議は終了だ。ここからは、時間が惜しい。俺は、夕夏の初撃をきっかけに、茂木と井寄の視界から消えるように大きく外側に走り出した。
「くっ……あんなところから撃たれたら近付けないね……!」
「颯斗君のやつじゃ、届かなそう?」
茂木が銃口を夕夏に向け、水を噴射する。しかし、夕夏に届くまでに威力が弱まった水では、ポイを破壊するには至らない。
その間にも、夕夏が放つ高出力の一撃が茂木達を襲う。
倒せればラッキーだが、夕夏の目的は二人の注意を集めること。無理して狙わなくていいから、精度もそこまで求められない。対する茂木と井寄は、状況を打開するために夕夏を倒そうとしている。夕夏の猛攻を潜り抜けて、ポイを狙うのは難しいだろう。
「って、颯斗君! トモちんどこ行った?」
「まさか……しまった……!」
目敏く気付いた井寄が、茂木に危険信号を出す。振り返った二人は、旗に迫る俺を視界に捉えた。
二人の水鉄砲から、俺を狙って水が放たれる。だが、一方向から攻撃であれば俺には通用しない。俺は傘を開き、その水を防ぐ。
旗まで残り数メートル。ここを走り抜ければ、勝利は確実だ。
(もう、少しだ……!)
勝ちを目前にしたその時のことだった。
「うわっ……!」
「わぷっ……!」
俺に向けられていた攻撃が、悲鳴と共に収まる。声の方を見ると、全身をぐっしょりと濡らした茂木と井寄の姿があった。
「やられたね……」
「もうー! 夕夏ってば、ちょっとは加減してよー!」
二人の額に付いていたポイは、もう見るも無残に破れている。
俺は、なぜか側にいる夕夏に尋ねた。
「夕夏がやったのか?」
「友哉君のこと助けなきゃって思ったら、体が勝手に動いてて……」
肯定こそしていないが、夕夏の仕業ということだろう。敵に攻められながら、決死の思いで勝利を手に入れる。そんなヒーローらしいシナリオは、ヒロインの思いがけない転機によってひっくり返された。
けれど――
「助かったよ、ありがとう」
「うん……」
夕夏が俺を思って行動を起こしてくれた。その事実が嬉しかった。
夕夏の活躍により、二位とは五十秒差をつけて俺達は優勝を飾った。昼食のやきそばとソフトクリームは、とても美味しかった。
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