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#71 思いを形に

「夕夏ー、トモちんも一緒に帰らない?」


 HRも終わり、放課後になる。部活組(堂島と九条)は一足先に教室を後にし、誘ってきた井寄もすでに帰り支度は済んでいた。一方で、俺と明海の荷物は未だにまとまっていない。井寄は、今日も今日とて茂木と帰るようで、それを邪魔するのは忍びないという気持ちもある。


 それに――


「悪い、ちょっと残ってやることがあるんだ」


 ちなみに、これは嘘ではない。自習時間に考えた俺の作戦は、直接話しかけるのではなく、LINEで放課後教室に残ってもらうよう頼むこと。

 明海からは『いいよ』と返信はもらっている。井寄には申し訳ないが、この誘いに前向きな回答はできそうにない。


「夕夏は?」


「うん、私も。今日は二人で帰ってて」


「んー? 何かお楽しみかな?」


「そういうんじゃないって。また明日ね」


 明海に手を振り返した井寄は、それ以上を探らず、茂木と連れ立って教室を出ていった。


 茂木が嘘を明かしてからというもの、二人はこうして帰路を共にしている。俺達と遊んだ翌日、日曜日も一緒に出かけたという話だ。

 茂木のテクニックの賜物というべきか、あるいは井寄が一切警戒をしていないのか。手応えなどは、本人にしか分からないことだろう。


 それよりも、俺は自分のことに向き合うべきだ。


「…………」


「…………」


 茂木と井寄が去り、教室に残る生徒は俺と明海だけになった。互いに席に着いたまま、だが目線が重なることはなかった。


 心では踏ん切りをつけていたはずなのに、どうしてか一言目が上手く出てこない。これだけの冷戦状態。下手な滑り出しでは、戦火が激しくなる可能性だってある。そうして見えもしない未来を憂いている間に、時間だけが経過していく。普段は気にもならない秒針を刻む音が耳に鮮明に届くのは、それだけの静寂が広がっているという証のように思えた。


 どれくらい経った頃だろうか。俺は、重々しく口を開く。


「えっと……」


 隣にいる明海の顔を見ることができない。本当は顔を突き合わせて、目を見て話すべきだ。けれど、不甲斐ない俺の体は、明海に向く勇気を持っていなかった。


「その……今日、体調とか悪かったのか?」


 本筋から逸れた質問に、明海からの答えは返ってこない。机の天板が占める視界では、明海がどんな表情をしているかも分からなかった。俺の一言目に、どんな反応をしているかも。


「あ、いや、そのなんというか……こうやって残ってもらったけど、体調悪かったなら無理させない方がいいかなと思って……」


「大丈夫、ちょっと寝坊しただけだから」


「でも、五限まで来ないなんて、実は調子悪いんじゃ――」


「本当に大丈夫だから。心配してくれるのは嬉しいけど、それを話すために連絡したわけじゃないでしょ?」


 図星だった。明海は、俺の目的に察しがついているようだ。それなら、遠回りをすればするほど、与える印象は悪くなる。いつまでも逃げていては、成果を掴むことなんてできはしない。


「それじゃあ、今から本題だ……。分かってるとは思うけど、茂木が別れてたって井寄に伝えることには成功した。それで、茂木は井寄にアタックできるようになったから、ここから先、俺が手伝うことはほとんどない。だから、もう明海に反発する必要はないなって……」


 明海は短い相槌しか打たない。それが、俺に残った感情を吐露させる。


「明海と対立することになっても、俺はそれなりにやっていけると思ってた。散々助けてもらったとはいえ、茂木や堂島とは自分の力で仲良くなれてるって自信があったんだ。……でも、恥ずかしい話、離れてみて自分がいかに明海に頼ってたかを実感した」


 友達に対して行動を起こす時、側にはいつも明海がいた。いなくなって初めて、その事実に気付いたのだ。

 また頼らせてほしい。そんな虫のいい、情けない懇願をしたいわけじゃない。


 たしかに、明海に背中を押してもらっていたのかもしれない。だが、それ以上に――


「俺、寂しかったんだ。最初は強がってもみたけど、心のどこかではずっとそう思ってた。だって、ノートを拾ってもらったあの日から、明海とはずっと一緒にいたから」


 言葉にしていくことで、内に抱えていたものが形になっていく。そして、それが一つの答えに繋がっていることを俺は自覚した。


「やっぱり俺、明海のことが好きなんだ」

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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