#66 背後に気を付けて
「モテ男君って彼女いたことないでしょ?」
その言葉に、俺は口を閉ざす。走る沈黙が、一種の肯定のようだった。
(まずい、何か答えないと……!)
「えっと……九条、さっきまでの話聞いてたか?」
そうだ、この場でおかしなことを言っているのは、間違いなく九条の方だ。全ての話は、茂木に彼女がいたという前提で進んでいる。たとえ真実を言い当てていたとしても、それを知る俺が惚ければ済む話だ。
高を括る俺は、知らなかった。九条がどの程度の確信を持って、先の発言をしたのかを。
「聞いてたけど、それが嘘だって言いたいの」
「嘘……」
「彼女と別れたことを隠してたんじゃなくて、彼女がいるってことが嘘。新宮君も知ってるんだよね」
同類を見つけたような口振りの九条。まるで、自分の方が先に知っていたと言わんばかりだ。どうして九条が茂木の嘘に気付けたのか、俺にはその糸口すら見つからない。
俺にできる返答は、その困惑をぶつけることだけだった。
「どうして、そう思うんだ……?」
「私、見たことがあるの。デートに行くって言ってたモテ男君が、家に帰るとこ」
「家に帰るって……そりゃ、デートが終われば家にも帰るだろ。それに、その時にはもう別れてただけなんじゃないか?」
俺の反論に、「それだったらいいんだけどね」と九条は薄く笑う。つまり、咄嗟の言い訳は成立しなかったということだ。
「私が見たのは、中一の十一月。初めて『デートに行く』って言って一緒に帰らなかった日なの。モテ男君も言ってたでしょ? 別れたのは中学卒業前だって」
だから、付き合っている(設定)の頃のことだと、九条は主張した。
「……忘れ物を取りに帰ったとか、そう考えられないか?」
「まだ日が沈む前だったし、そうだったかもしれない。でも、私が見たのは一度じゃないの。それからも、デートの日に家に帰るモテ男君の背中を何度も見た。そんなに忘れ物することって、あると思う?」
九条曰く、家の位置関係的に茂木の家の前をよく通るらしい。茂木からの申告がなかったあたり、これは不慮の事故ということなのだろう。
直接茂木の口から答えを聞いた、というわけじゃない。ただ、状況から推測して九条は一つの結論に辿り着いたのだ。それが、茂木が隠し通そうとした真実と合致した。
そうなると、急いで確認しないといけないことがある。中学時代の九条がこれを知っているということは、最悪の可能性があるんじゃないか。
俺はおずおずと、九条に問いかける。
「……井寄は、井寄はこのことを知ってるのか?」
茂木の生み出した仮初。理由がどうであれ、嘘を吐いていたことが無意味なことだとしたら。茂木は本当に、無駄に井寄との時間を失っていたことになってしまう。
「安心して、桃は知らないよ」
「けど、分からないだろ? 九条みたいに、何かを見てそうじゃないかって思ってるかもしれない……!」
「それはない。なんで、とかは答えられないけど、絶対に桃は知らない。私が保証する」
なぜ、そこまで九条が断言できるのか。それを聞いても答えは出さないと、あらかじめを釘を刺されてしまう。『私が保証する』、俺にはこの一言を信じるしかなかった。
「これで話は終わり。付き合わせてごめん、夕夏と帰りたかったよね」
「あー……それは……」
思わず、答えを濁してしまう。帰りたくなかったと言えば嘘になる。だが、声をかけようとした瞬間を九条に遮られ、安心した自分もいた。
荷物を取りに二人で教室に戻ってみたが、当然もぬけの殻。明海どころか、生徒の影は一切なかった。
明日からは休日だ。週が明けた時、俺は明海に踏み出すことができるのだろうか。
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