#63 その呪縛から解き放たれろ
そして、作戦決行の日。食堂には六つの影があった。表向きは井寄の話を聞くということになっているためか、俺の前にはまたしても井寄が座っている。もちろん(と言いたくはないが)、明海とは今日もまだ一言もしゃべっていない。
「じゃあ、今日は――」
「その前に、一ついいか?」
司会を務める明海を遮って、俺は挙手する。訝しむような目線を、明海の方から感じる。
明海は、井寄の恋路を話題にするつもりだ。そこで作戦を実行――俺が茂木に相談するのは、あまりにも無理矢理感がある。おまけに、何か意図があると丸分かりの導入だ。
つまり、作戦に移行するためには、俺が話の舵を取る必要がある。
今回の実働部隊に、目配せで確認を取っていく。茂木は、いつでもこいという感じだ。堂島も、多少の強張りはあるが役割を全うしようとしている。それから、最後の一人――九条の方に視線を送った。それに気付いた九条は、軽く首肯を示す。
(よし、あとは俺が腹を決めるだけだ)
昨日の夜、俺は九条に連絡を取っていた。目的は、今日の作戦でサクラを演じてもらうためだ。とはいえ、茂木の秘密をいたずらに明かすわけにはいかない。だから、大事なところを濁して頼むしかなかった。
『明日、俺と茂木の話が終わるまで口を挟まないでほしい。できれば、混乱させたくないんだ』
我ながら、なんのことかさっぱりな要求だと思う。何を話すのかも、どういう狙いがあるのかも伝えていない。それでも、九条はLINEでただ一言『分かった』とだけ返信をくれた。今は、これを頼りにするしかない。
俺は深く息を吸い、テーブルの下で拳を固めて口を開いた。
「……茂木に相談があるんだ」
「相談? 僕でいいなら聞くよ」
かなりぎこちない出だしの俺に対して、答える茂木はいつもと変化を感じさせない。さすが、彼女の存在を誰にも疑わせなかっただけのことはある。
「今度、デートに行こうと思ってて。けど、どう予定を立てていいか分からないんだ。茂木って彼女と長いだろ? なんかいい方法とかないか?」
「うーん、そうだね……」
ここで、茂木の顔に陰が差す。これ、演技なのか? それとも素でやっているのか? 自然すぎて、台本ありきだと知っている俺でも騙されてしまいそうだ。
「僕の経験が正解とは、自信を持って言えないな。……特に、付き合い立ての二人には」
「どういうことだ?」
さぁ、あとは茂木が真実を明かすだけだ。今まで吐いてきた嘘は、今日で終わる。
「実はさ、僕結構前に彼女と別れてたんだ」
「え……」
俺が動揺(の演技を)する前に、呆然とした声を漏らしたのは井寄だった。正面に座っているからか、井寄の大きく見開かれた瞳が印象に残る。そして、その口が何かを紡ごうとした時、割り込むように太い声が入ってきた。
「そ、そうなのか……! いつから! いつからフリーになってたんだ!?」
息を荒くして、堂島が茂木に顔を向ける。やけに張り切っていたと思っていたが、まさか俺が聞くはずだったことを横取りするなんて。
だが、茂木は縛られていた鎖から解放された。ここからは、前へと踏み出せばいい。後半戦の幕開けだ。
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