#58 互いに別の道を歩む
家庭科室に到着して、俺と明海は互いに無言のまま席に着く。ここでは教室と異なった席順のため、明海が隣にはいない。
「友哉、なんだか暗い顔だね」
代わりに、普段は離れた席にいる茂木が同じ班にいたりする。この手の変化に聡い茂木は、俺の不調を見抜いてきた。さて、さっきあったことを話すべきか。
とりあえず、まだ整理できていなかった今朝の出来事の共有からだ。
「茂木は知ってたか? その……井寄が……」
「告白されたって?」
「違う。そっちじゃなくて、あれだ……えっと……」
潜めていた声を、さらに小さくさせてなお、俺は口ごもった。これを確認するのは、酷なことのように思えたのだ。
「……井寄が誰かに片思いしてるってことだよ」
茂木以外に絶対に聞かれないよう、細心の注意を払って声を出す。
俺の問いに、茂木はへらっと力の抜けた笑みを浮かべた。それから首を横に振る。
「初耳だね。誰なんだ、いつから好きなんだって、あの場で聞きそうになったよ」
それは、間違いなく茂木の本心だっただろう。俺が茂木の立場だったら、衝動のまま聞いてしまったかもしれない。それほどまでに、突然明かされた真実は重かった。
「動揺してるところ悪いんだけど、もう一つ嫌な話題だ」
「今日の友哉は、中々に意地が悪いね」
茶化してくれる茂木の発言に助けられる。もっと張り詰めた空気だったなら、俺も話しづらかっただろうから。
「元々、明海も手伝ってくれる予定だったんだ。けど、ちょっと無理そうだってことになって……。ほら、朝も言ってただろ? 井寄の好きな相手との仲を進展させるって」
「夕夏は、桃の恋を助けることになったわけだね」
「話が早くて助かる」
明海とのやり取りは、ひとまず言う必要はなさそうだ。下手に話して、不安にさせても仕方がないだろう。
今の明海とは、分かり合えそうにない。それなら、別行動を取るしかなかった。俺は自分のやれることを、茂木が井寄と結ばれるよう動くだけだ。
「まずは、彼女と別れたって――」
「はい、それでは授業を始めます。みなさん、私語は慎んでください」
「続きはまた後だ」
ウィンクをした茂木は、先生にも勘付かれないように囁いた。
二限以降、授業は教室で行われたので、続きをする余裕もなく昼休みを迎えた。その間、変わらず明海との会話はない。まるで、入学当初のあの頃に戻ってしまったようだ。けれど、寂しさはなかった。今の俺には茂木がいて、彼以外にも友達と呼べる人達がいるからだ。
「よーし! 今日は早く終わったから、好きなとこに座れるよ!」
食堂を見渡して、井寄は昂った声を上げる。俺達は、暗黙の了解になりつつある席順に腰掛けていく。
正面は、左から九条、明海、井寄。そして、こちら側は茂木、俺、堂島……になるはずだった。
「今日は桃が真ん中に座ってよ」
「えー、トモちんの前座んなくていいの?」
「いいのいいの。瑠璃も桃の話聞けた方がいいでしょ?」
「私は、どっちでもいいけど」
「じゃあ決まり!」
そう言って明海は席を空け、そこに井寄を誘導する。そして、井寄は俺の前に座ると、両手を合わせた。食事はまだ机上にはないので、「いただきます」と続かないことくらいは分かる。
「ごめんねー、今日は私で我慢して!」
「気にしないでくれ」
席に問題はないが、こうして全員が集まってると、井寄の話題はともかく、茂木との作戦会議は満足にできそうになかった。しばらくは、別れて昼を食べるタイミングを作った方が良さそうだ。それか、放課後の時間。
茂木の好意が井寄にバレないように、かつ大会で返事をする日まで、それから井寄が意中の相手と結ばれる前に、俺達は駆け足で作戦を練らなければならなかった。
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