#56 助走をする時間もない
「えー! 告白された!?」
朝のHRが始まる前、教室の喧騒にも負けず明海が一際大きな声を上げる。明海の視線の先、眉尻を下げているのは井寄だ。
「あはは……そうなんだよね」
「あ、相手は誰なんだ! 返事はもうしたのか?」
「なんでトモちんが慌ててるんだよー」
「だって――」
言えるわけがない。茂木が井寄のことが好きで、実は彼女がいたというのは嘘だなんて。仮に暴露するにしても段階を踏むべきだし、決して俺の口から語るべきじゃない。
口ごもった俺は、目線の逃げ場を探していた。俺が茂木の方を見れば、彼が理由だと明かしているようなものだったからだ。
「もしや、その相手というのは森口先輩じゃないだろうか」
不意に、挙手した堂島が知らない名前を口にした。先輩、と付いているから上級生だということは間違いないだろう。そして、驚きに丸くされた井寄の目元が、答えを示していた。
「そうだけど、なんで知ってるの?」
「先日、森口先輩が張り切った様子で言ってたのを聞いたんだ。一目惚れした一年がいるから、告白するって。タイミング的にそんな予感がしたんだ」
サッカー部二年、森口鉄平。女子生徒に人気の有望株というわけでもなく、可も不可もない人物だと堂島は言った。先輩に対して散々な言い振りだとは思うが、穿った視点を持たない堂島ならではの人物評なのかもしれない。
そんなパッとしない(俺が言えたことではない)先輩が、井寄に心を撃ち抜かれ、告白という行動を起こした。この時点で、茂木より先を行っているというのが現実だ。もし、井寄が断らなかったら。その瞬間に俺達の計画は水泡に帰してしまう。
「で、結局返事はどうするの?」
「瑠璃ってば何言ってんの! 断るに決まってるでしょ?」
「それなら、どうしてそんな冴えない顔をしてるんだい?」
「それは……」
茂木の確信を突いた問いが、井寄の表情にさらに陰を生む。どうやら、返事以外に一筋縄でいかない要因があるようだ。
「来月の大会、先輩がスタメンで出るみたいで。観に来てくれって言われてさ。そこで返事を聞かせてほしいって」
「さっさと返事すれば良かったんじゃない?」
「そうだけどさ? めっちゃお願いしてくるんだもん! 分かりましたって言うしかないじゃん!」
井寄の人の良さが仇となった展開だ。というよりも、森口先輩の作戦が功を奏したと言うべきか。
このまま大会で返事をしたとして、ズルズルと引き下がってくるかもしれない。井寄の優しさに付け込んで、オーケーを出すまで頭を下げられたら面倒だ。
何か、何か対策を取らなければ。
「ねぇ桃、断る時ってなんて言うつもりなの?」
「えー、普通に他に好きな人がいます、とかかな」
「それ、嘘じゃない?」
「なんでよー、私本当に好きな人いるよ?」
軽い調子で告げられた事実。だがそれは、俺と(おそらく)茂木には衝撃的なものだった。井寄には、すでに好きな人がいる。ぬるま湯に浸かっていた茂木を嘲笑うかのように、現実が困難な方へとばかり向かっていた。
「じゃあさ、その人と付き合えるように頑張ってみない?」
「……なんでいきなり?」
井寄の疑問は当然だ。というか、井寄が聞かなければ俺が聞いていたところだった。俺は、明海に茂木の恋心について話をした。それを知っていて、どうして井寄を別の恋路へと走らせるのかと。
「森口先輩、きっと桃のこと諦めないと思うから。これは、女の勘。桃が誰かと付き合うまで、アタックされ続けるよ」
森口先輩からの求愛を打破するために彼氏を作る。それ自体はいい対策だと思う。しかし、そしたら茂木の恋はどうなる? 不服が胸中に広がっていく。それでも、俺にも、茂木にもこの場で異議を唱えることはできなかった。なぜなら、それをすれば井寄への好意を最悪の形で晒すことになるからだ。
俺の焦燥を置き去りにして、話は前へと進んでしまう。
「……そうだね。そう、してみようかな」
「うん、私達も全力で協力するから!」
「……ありがとね」
友達の力を借りて、好意を持っている相手との恋に踏み出す。そんな状況にかかわらず、笑う井寄は奮い立っているようには見えなかった。
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