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#49 スパルタや強者どもと夢の跡

「はい、そこまで」


 スマホの震えが机に伝わり、全員が一時間の経過を察する。集中すれば、一時間くらいならあっという間だというのが、最初の感想だった。人がいると気が散って勉強ができないという派閥もあるらしいが、俺としてはこの空間に居心地の良さを感じている。できることなら、俺以外もそう思っていてほしかった。


「体を動かさないだけで、こんなに勉強が捗るとは」


「あのね、普通は勉強中に筋トレをしようとはしないの」


「む、そうなのか」


 そういえば、九条が堂島を窘めている場面が何度かあったような。離れていたから全容が分からなかったが、勉強中に筋トレとはさすが堂島といったところか。


「あーん! 疲れたー!」


 続いて悲鳴を上げた井寄は、脱力させた両腕を伸ばし、ぐでっと上体を机に投げ出す。案外明海に絞られていたようで、時々苦しそうな声が聞こえてきたのを覚えている。


「桃、よく頑張ったね。この調子なら、本番までには平均点取れるようになるよ!」


「嘘……これまだ続くの……」


 あんぐりと口を開けて、絶望を顔に滲ませる井寄。それよりも、そこまでして目標が平均点って間に合うのか?


「スパルタ教師は、思わぬところに潜んでたってわけか。僕の担当が友哉で助かったよ」


 楽観的な茂木の発言に気が緩んだのも束の間、明海が口を尖らせて言う。


「ちょっと! 私、全然スパルタじゃないから!」


「さて、どうかな?」


「もう!」


 揶揄う茂木と怒る明海。その様子が仲睦まじく見えて、俺はつい茂木の肩に手を伸ばす。


「茂木、この後はみっちりやってもいいんだぞ?」


「いやー……それは遠慮しておくよ……。ほら、自分に合ったペースでコツコツみたいな?」


 目を逸らして答える茂木は、血の気が引いたように真っ青な顔をしていた。彼らにとって、勉強というのは劇薬なのかもしれない。用法用量を間違えれば、今よりも苦手意識を植えつけることになるのだろう。


「あははっ、モテ男ってばトモちん怒らせてるじゃん! ダメだよ? 彼氏がいる女の子に手出すなんてさ」


「別に怒ってたわけじゃ……それに、茂木にも彼女がいるんだから、そんな心配いらないだろ?」


「そー、だね……そうだよ! 彼女いるんだから、もっと考えて行動しないと!」


「うん、肝に銘じとくよ」


 井寄にブーメランが刺さらないか心配だったが、茂木も一般的な常識は持ち合わせているらしい。茂木の声色は、反省の証を示すように落ち着いていた。

 僅かに沈んだ空気を、九条のきびきびとした指示が切り替えていく。


「はい、そこまで。休憩取るから、各自しばらく休んでて」


「やったー!」


「了解した」


 解放されて嬉しそうな井寄、早く体を動かしたくてたまらない堂島は、返事をするや否や休憩を実行する。勉強の休憩に運動をしてたら、いつまで経っても休めそうにないのだが。


 さて、俺も少し自分のことを進めるとしよう。俺は荷物の中から青春ノートを取り出し、今日達成できた項目に印を付けていく。

 それを覗いてきたのは、隣に座っている茂木だった。


「順調そうだね」


「ああ、おかげさまで」


「今日は何ができたんだい?」


 そう尋ねられて、俺は『休日に友達と会う』『友達の家に行く』『友達と勉強会をする』という項目を指し示した。


「へぇ、本当に色々あるんだね。……ん? これは……」


 ページを眺めていた茂木の視線がどこかで静止する。何か、おかしなことでも書いてあっただろうか。俺としては、至極真っ当な夢を書いていたつもりなのだが。


「『恋愛相談をする、される』……するはこの前したから、あとはされるの方か」


「そうだな、色々相談させてもらった」


「いやいや、あくまで僕達は道を整えただけで、一歩を踏み出したのは友哉だよ」


 なんてことない口振りだが、その整えられた道のおかげでどれだけ俺が歩きやすかったことか。

 いつか、誰かの恋愛相談に乗る日がくるとしたら。それまでに、俺も恋のいろはより先を学んでおかなければならないだろう。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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