#45 もっとすごいこと
勉強会当日、俺は明海と共に九条の家を目指していた。明海以外に九条家の場所を知っているのは、高校入学前から交流があった茂木と井寄だけだ。ということで、俺の案内は明海が、堂島の案内は茂木が担当することになった。
前に聞いた話では、鯉が泳いでいる池があるとかなんとか。そんな荘厳な場所を訪れるのだから、それ相応の手土産をと気合いを入れている。右手には紙袋の持ち手の乾いた感触、左手には明海の手のしっとりとした感触で、両手は塞がっている状態だ。……まぁ、左手に関しては十中八九俺の手汗が原因なんだろうけど。
「明海……」
「ん? どうしたの?」
「気持ち悪くないか?」
俺が問いかけると、明海はくりっとした目元をさらに丸くして、首を傾げる。彼氏として自信を持てと、もう一人の自分が言っているような気もするが、実際のところ好きな相手でも嫌なものは嫌なんじゃないだろうか。愛犬であっても、排泄物の処理には抵抗があるものだと思う。
「私、元気だけど」
「そうじゃなくて……その、なんというか……最近熱くなってきたしさ。どうしても汗が出てしまうというか……」
「なんだ、そういうことか」
納得した様子の明海は、パッと手を離した。きっかけを作ったのは自分だというのに、こうして手が宙に浮くと胸が空いたようだ。
俺は、明海に「気にしてない」と言ってほしかっただけなのかもしれない。そんな方法でしか自信を保てない自分に、嫌気が差した。
「じゃあ、これでどう?」
そう言って、俺の腕にしがみついてくる明海。彼女の柔らかさを腕全体に感じて、俺の体温は一気に上昇する。
「明海、何してるんだ!?」
「えー、だって手を繋いでると手汗気になっちゃうんでしょ? それなら、こうするしかないよね」
腕への締めつけを強めながら、明海は満足そうに頬擦りをしてくる。大丈夫だよな? 俺、臭くないよな? 昨日はちゃんと風呂に入ったし、家出る前に服から柔軟剤の匂いがすることも確認した。大丈夫、大丈夫のはずだ。
「別に、そこまでくっつかなくても……!」
「ダメだよ。私達、恋人なんだから。こういうスキンシップは大事にしてかないと!」
「スキンシップって……」
こんな激しいものなのか? 手を繋いでいた時は、手首から下しか明海と触れていなかった。緊張は当然するにしても、範囲が狭いから平静は保てるようになってくる。しかし、今回はまずい。
腕に明海が密着しているのだ。それも、手以外の。様々な柔らかさが俺の左腕という部位に集中している。意識しないようにすればするほど、余計に感触が伝わってくるようだ。
下心の有無? そんなの知ったことじゃない。この状況で狼狽えない男がいるものか!
「本当はもっとくっつきたいけど、我慢してるんだよ? 私って、思ってたよりも甘えたがりだったみたいなんだよね」
「けど……もっとって、これ以上はなくないか?」
「そうかな?」
耳元で明海の囁きが聞こえた。首の後ろ撫でられたかのような、ぞわりとした感覚が襲いかかってくる。かかる吐息が、明海との距離感を訴えかけていた。
「ハグとか、新宮君が望むならもっとすごいことだって――」
誰とも繋がれていない手に力がこもり、腕が強張っていく。刺激が、刺激が強すぎる。この続きを、明海はなんて言うつもりなのだろうか。
だが、俺の期待と裏腹に、明海はそれ以上を口にしなかった。代わりに、俺の顔を覗き込んでくる。それから、悪戯っぽく笑って言った。
「あははっ、そんなに照れてくれると揶揄い甲斐があるね」
「なっ……!」
余裕綽々といった明海だが、彼女の耳の先が赤くなっているのを俺は見逃さなかった。そして、それが直前の発言の信憑性を高め、俺の心臓は高鳴る。
終始弄ばれた俺は、結局九条の家に到着するまで明海に腕を抱かれることとなった。
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