#28 見えない心、知らない顔
仲見世通りを歩きながら、目についた物を食べてお腹を満たす。そんな食べ歩きにも身が入らなかった。
原因は明らかだ。自分が明海の何に惹かれているのか。それをはっきりさせようと頭を悩ませているからだ。食欲という三大欲求を押しのけ、俺の関心は内側に向いていた。
「ここは、日本で最も古い商店街の一つで……って、この話はやめた方がいいか……」
「いいよいいよ、ツアーみたいで面白そうだし!」
「私も聞きたいな。いっぱい調べてきたんでしょ?」
「私はどっちでも。でも、騒がしくして目立つのはやめてね」
足取りは止まらず、激しい往来が形成する波に揉まれていく。すれ違う人、肩がぶつかる人、そのどれにも反応を示さず、俺はただ班員の後ろに続いていた。
「さては悩み事かな?」
ふと、横から声がかかる。前を歩く四人から半歩下がって、茂木が俺と並んでいた。一つの集団が、四人と二人に分散している。茂木が動くまでは五人と一人だったのだろうと気付き、視野が狭くなっていたことを自覚した。
「まぁ、ちょっとな……」
目は口ほどに物を言う。言葉では濁したはずなのに、視線は明海の方へと吸い込まれていった。
「夕夏のこと、だよね」
ピクリと、肩が震えた気がした。図星を突かれたから、というのもある。だけど、それだけじゃなかった。茂木が明海の名前を呼んだからだ。自分が呼べない、彼女の名前を。
そもそも、茂木は基本的に男女問わず下の名前で呼んでいる。だから、明海をそう呼ぶことに特別な意味合いは一切ないはずだ。……俺がそう思いたいだけというのもあるけど。というか、茂木には彼女がいるのだ。俺は、彼がそんな不誠実な男だとは思っていない。
「相談なら乗るから。今じゃなくてもさ、グループにでも個人的にでも話してくれよ」
「……いいのか?」
頼ろうと思っていても、相手から提案されると及び腰になってしまう。助けを求めているのなら、確認なんかせずに手を掴むべきなのに。
「遠慮ならいらないって。僕達は、友達だろ?」
「ありがとう」
丸まっていた背中を、茂木が力強く押してくれたようだった。
「恋愛強者の茂木がいるなら、俺も心強いよ」
「……強者か。うん、そうだといいな」
茂木はその評価に意外そうな顔をした後、口端を軽く吊り上げる。それから、俺の肩に手を乗せて言った。
「そうと決まったら、暗い顔はおしまいだ。ほら、みんなのところに行くよ」
「ああ、そうだな」
俺と茂木は、人ごみを掻き分けてツアー中の一行に合流した。仲見世通りも終盤に差し掛かり、堂島の解説も佳境を迎えていた。最後のスポット、浅草寺の本堂は目前だ。
「これが、宝蔵門だな。この門には風神雷神門と違い、二体の仁王像が並んでて、別名仁王門とも呼ばれてるんだ」
一見、雷門との違いがほとんど分からない。像の種類が違うのと二階建てだというくらいだろうか。雷門の第一印象が強すぎて、宝蔵門の方はインパクトの面では分が悪そうだ。何か、話題性のありそうな要素があればいいんだが。
「ねぇねぇ! 後ろにすっごいのあるよ! みんな来て!」
またしても一足先に門を潜っていた井寄が、何かを発見したらしい。手招きされる方へ集まると、一様に息を呑んだ。
「これ、わらじだよな」
宝蔵門の裏、二つの柱に体の大きさほどの巨大なわらじが掛かっていた。朱色に染まった門の色合いと比べて藁の色は寂しいのに、そのあまりの大きさが凄みを感じさせる。
「わらじって?」
首を傾げる井寄に、茂木が補足をする。
「昔の人が履いてた靴だよ。それにしても、こんな大きなわらじ何に使うんだろうね」
「あ、説明書いてあるよ。えっと……わらじは仁王様のお力を表し、『このような大きなわらじを履くものがこの寺を守っているのか』と驚いて魔が去っていくといわれてるんだって」
「夕夏、それ堂島君が説明したかったっぽい……」
「え?」
ばつが悪そうに申し出た九条に釣られて、全員の視線が堂島に集中する。山のように大きな体は萎み、肩を落とす姿には陰りが見えた。
「ごめん! ちょうどいいところに説明が載ってたからつい……」
「いや、いいんだ……さぁ参拝しよう……」
ひょっとすると、この遠足で一番印象が変わったのは堂島かもしれない。哀愁漂う背中を見つめながら、俺はそう感想を抱いた。
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