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#25 初めてはどんな味?

「見て、ペンギンだよ!」


 はしゃいだ様子の明海が、繋いだ手を振り回す。それに釣られて、俺の体も前後に揺さぶられた。

 イルカと肩を並べる水族館のアイドルに、明海もご満悦そうだ。なんて他人事のように言いはしたが、俺も多少……というかかなり浮かれている。


 フロアの中心を占める大きなプールには、両手でも数え切れないほどのペンギンが生活していた。切り立った岩場に佇んでいたり、水中に浮いていたり、予想外の速さで泳いでいたりとそれぞれの生態を観察することができる。ここはそう、めだかの学校ならぬペンギンの学校だ。俺は、授業参観で我が子の活躍を観に来た親の気分になっていた。


 そうなると、俺と明海はさしずめ夫婦…………げふんげふん、さすがに浮かれすぎか。

 突然頭を振り出した俺を、明海は心配げに見つめていた。


「どうしたの?」


「……ちょっと地に足が着いてないっていうか」


「いいじゃん、二人っきりなんだからさ。新宮君が暴走しても、私しか見てる人はいないって」


「うーん……」


 どちらが迷子かというのは置いておいて、あっちは俺達を探しているかもしれない。連絡が来ないあたり、相当に慌てているのか、それともこれが意図的な別行動なのか。真実を知る術は俺にはない。

 だから、ここで大胆な行動を取ったとして、それを目撃される可能性は十分にあった。


 二の足を踏んでいる俺の隣で、明海も同じように口を閉ざしている。せっかく楽しい遠足だったはずなのに、これじゃあ台無しだ。何か空気を変えられないかと、俺は頭をフル回転させる。


 ……そうだ!


「高校生で迷子になんかならないって言ってたのに、結局迷子になっちゃったな! しかも、また遠足だ! はは、は……」


 おちゃらけて笑いを取るつもりだったのだが。いたたまれなさを象徴するように、乾いた笑いがどんどんと掠れていく。

 下手くそすぎる……! どうして俺はこう大事な時に気の利いた言葉が出ないんだ。


 そして、明海との雰囲気は明るさを取り戻すことはなく、また沈黙に支配されてしまう。


「迷子の時のこと……何も覚えてないんだよね?」


 何分経った頃だっただろうか。口火を切った明海は、不思議な問いかけをしてきた。


「覚えてって……小学生の時の話か?」


 俺がそう尋ねると、明海はこくんと頷いた。てっきり、あの話題に明海は興味を持っていないと思っていたから意外だ。もしかしたら、空回った俺をフォローするために話を続けてくれただけだったりしてな。

 スタートダッシュを失敗はしたけど、助走をつけてくれるなら走り出そう。求められているなら、俺には答える以外の選択肢はない。


「前も言ったけど、ほとんど覚えてないんだ。遠足に行って、列からはぐれて、迷子になって怒られて……みたいな感じで」


 改めて、なんて話題性のないネタなのだと思う。明海もあの時、微妙な反応をしていたのを覚えている。しかし、今回はそうじゃなかった。


「私はね、覚えてるよ。一人になって怖かった時、助けてくれた男の子のこと。木の下で泣いてた私に、手を差し出してくれた王子様のこと」


「それって……」


 木の下……そう聞いて、知らない光景が浮かび上がる。いや、正確にはこれは奥底に眠っていた記憶なのだろう。何せ、もう八年も前のことなのだから。


 小学二年生の遠足で、俺は迷子になった。実は、その日迷子になった子どもは二人いたのだ。同じ日に遠足に来た、別の学校の男女。


「……思い出した。あの時俺、他校の女の子に会ったんだ。その子も迷子で、二人で元いた列を探したんだよ……手を繋いで」


 一人ぼっちは怖い。けれど、手元に伝わる温かさがもう一人じゃないと教えてくれた。恐怖は、いつの間にか消え去っていた。空中回廊で感じた懐かしさは、これだったのだろうか。


「……明海を助けたのが、俺ってことなのか? 人違いってことは?」


 ここまでの情報が出ても、まだ自信は持てなかった。こんな偶然、あるのだろうか。


「名札付けてたから名前も覚えてる。しんぐうともや……クラスの自己紹介で聞いた時、びっくりしたんだよ」


「同姓同名の可能性は――」


「私と同じ学年で、遠足で迷子になって、その時に女の子と手を繋いだ新宮友哉君が、他にいると思ってるの?」


「……いないよな」


 これで別人だとしたら、それこそ再会するよりも低い確率だ。


「けど正直、明海だって言われてもまだ信じられないっていうか……。俺、その子の名前も知らないし」


 あの迷子の少女は、名札を付けていなかった。学校によっては、不審者対策に学外では名札を外すことがあるとかないとか。おまけに髪も染めているのだ、彼女が明海だという判断材料はどこにもない。明海を助けた男の子=俺という図式が成り立っても、俺が助けた女の子=明海だという確証はなかった。


 流れに身を任せて、このまま歩み寄っていいのだろうか。けれど、もし勘違いだったら。確実なものがないと、進む決心がつかなかった。


「じゃあ、これなら信じてくれる?」


 その感触は一瞬、初めて経験する柔らかさだった。急に明海の顔が近くにきて、それから……自分が何をされたのかを正常に処理することができずにいた。

 一歩、俺と距離を取った明海は、はにかみながらその口元――俺の口を塞いだ唇を動かして言葉を紡いだ。


「好きだよ、新宮君。君に助けてもらったあの日から」

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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