#20 温度は冷めて、距離は縮まって
「…………」
「…………」
そういうわけで、俺は今明海宅のリビングで正座していた。思わぬ誘いに二つ返事で応じたものの、当然異性の家なんて初めてだ。それに、今夜明海の両親は帰りが遅いという。下心のあるなしにかかわらず、この空間に浮足立つのは避けられない。
一方の明海も緊張しているのか、さっきから無言で調理を続けている。普通に話せているつもりだったが、話を切り出していたのは基本的に明海なのだと思い知った。
「明海……何か手伝おうか?」
「新宮君はお客様だから、座ってて」
「はい……」
意を決して声をかけてみても、こんな感じで断られてしまう。そうなると、俺としても大人しく料理が出来上がるのを待つしかないわけで。まるで倦怠期の夫婦かのように、俺達は沈黙に支配され続けた。
「おまたせ」
しばらくして、俺の待つリビング――その机上にコトリと皿が置かれる。盛りつけられているのは、甘辛い香りが漂う生姜焼きだ。脇には千切りキャベツまで添えられ、本格的な一皿となっている。
白米と味噌汁が揃うと、今夜の晩餐が整う。対面に座った明海は、静かに口火を切った。
「食べよっか」
「……ああ」
「いただきます」
静かな食卓に、二人の声が重なった。
「それじゃあ早速……」
濃い目に味が付けられた生姜焼きは、口に入れるとちょうどキャベツが欲しくなる。そこにご飯をかきこみ、味噌汁が喉を通れば夢見心地だ。
明海の作る料理は最高だと、改めて思う。俺の胃袋は、明海にがっちりと握られていた。プロポーズだとかを抜きにして、毎日食べたい。人の手料理にこんなにも惹かれるのは、一人暮らしを始めたせいもあるのだろうか。久しぶりに母親の料理を食べると感動する、みたいな。それとも、単純に明海の味付けが俺の舌に合っているのか。
「どうかな?」
「美味しいよ、すごく美味しい。やっぱり好きだな」
「好き!?」
俺が感想を伝えると、明海は素っ頓狂な声を上げて顔を赤くした。
「何驚いてるんだ? こんな絶品、好きにならないわけないだろ」
「あー……そっちね」
褒めたはずなのに、なぜか明海は肩を落としていた。そっちも何も、料理以外他に――――はっ! 結論に辿り着いた瞬間、俺は血の気が引くのを感じる。
……そりゃ驚くわけだ。主語がないだけで、とんでもない告白になっていた。彼女モードの明海的には、俺の好意が自分ではなく食事に向けられたからがっかりしていたのだろう。うん、我ながら中々の察しの良さだ。
俺の内心をよそに、明海は一つ息を吐いてからこう言った。
「そんなに好きならさ、時間がある時作りいってあげよっか?」
「いいのか?」
「ノートは埋まっちゃったけど、喜んでもらえるなら作り甲斐もあるし……」
机に乗せた手を揉みながら、たどたどしい物言いの明海。正直なところ、俺としては願ってもない話だった。その気持ちを表すように、体が前のめりになる。
「ぜひ頼む! 明日合い鍵渡すから、好きな時に来てくれ!」
「え、あ……うん」
呆気に取られた明海と目が合う。その目線は下がっていき、釣られて俺も手元を見る。そこで俺は、自分が明海の手を取っていたことに気付いた。
「あ、えっと……」
再び上がった視線がぶつかっても、俺は明海から手を離せずにいた。思い切った行動への動揺や、至近距離に迫った顔への緊張で頭が混乱して、咄嗟にその判断ができなかったのだ。そうして見つめ合っている間に、せっかくの料理が冷めていくということも忘れて。
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