#17 決心を一杯分
「いただきます」
お椀を両手で持ち、まずは汁から頂く。味噌の仄かな塩気が空腹を刺激すると同時に、ほっと一息つくような温もりが全身に広がる。腹を空かせて、心にモヤモヤを抱えていた俺には、まさにぴったりといえる一品だった。明海がそれを狙ったわけではないことは分かっている。けれど、その偶然が俺には嬉しかった。
続いて、具材を箸で豪快に掴み、口に入れていく。テレビで観るような気の利いたコメントは出てこない。素直に美味しかった。自分の家の余り物を使ったとは思えないくらい、上等な物を食べているようだった。調理の仕方次第で、こんなに魅力的になるとは。
黙々と食べ進めている俺を、明海は何も言わずに見守っていた。料理の出来を気にしているわけではなさそうだ。だって、俺に注がれている視線はとても優しかったから。
でも、食べさせてもらっているのだから、感想くらいは言わないとな。
「すごい美味しいよ。こんなに美味しいと、ご飯とか欲しくなるな」
「おにぎりもあるけど、食べる?」
「作ってくれてたのか?」
「作ったって言っても、塩振って握っただけだよ。まだ夕飯には早いから、もしかしたらいらないかなーって思ってたんだけど」
「ちょっと待っててね」と離席した明海が、台所から戻ってくる。持ってきた白い三角形は、ラップに包まれた簡素なものだ。我が家の白米はチルド品だし、海苔も常備していない。せっかく作ってもらうなら、奮発するべきだったと後悔する。
しかし、豚汁を前にしてこれがあるのとないのとでは、天と地ほどの差があると言ってもいい。至れり尽くせりの食卓に、俺は舌鼓を打った。
「ごちそうさま。改めて美味しかった、ありがとう」
「お粗末様でした。喜んでくれたなら何よりだよ」
「これでノートも――」
食事前の決心を思い出して、俺は口を噤む。明海は、俺を怪訝そうに見ていた。
「さっき何があったか、聞いてもいいんだよね?」
明海の問いに、俺は首肯する。張り詰めたような空気になるが、そんな必要はない。これは俺の宣誓みたいなもので、むしろ前向きな話なのだ。
俺は、机上に片手サイズのノートを置く。『青春ノート』とペンで書かれた、俺の憧れが詰まった一冊だ。……今は、何も書かれていないが。
「前はちゃんと説明しなかったけど、このノートには俺が高校生活で叶えたいことが書いてあったんだ。明海は、それにチェックを付けようと色々提案してくれた」
「うん……」
「けど、おかしいと思わないか? ノートの中身を知らないのに、そのノートの項目を埋める方法を考えるなんてさ。本当なら、それは俺がするべきことなんだ」
○○にチェックを付けたいから、○○してくれないか。その提案は、ノートを書いた俺の仕事だ。これまでの食い違いに明海も気付いたようで、小さく声を漏らした。
「何を達成したいかも、何を達成したかも教えずに、俺は明海に協力してもらおうとしてたんだ。だから、これからは何がノートに書いてあるのか、明海にも知ってほしい。受け身でいるんじゃなくて、一緒にどうしていくか考えていきたいんだ」
「ノートを破ったのも、そのため?」
「そうだ。散々手伝ってもらっておいてわがままだとは思うけど、一からやり直したいんだ。頼む、もう一度俺を手伝ってくれないか?」
空になった皿を挟み、俺は明海に頭を下げる。要素だけ見れば、浮気バレの謝罪か離婚を拒否するための懇願のようだ。残念ながら、どちらも縁起が悪い。
これで断られても、全てが終わりになるわけじゃない。一人でも、泥臭くノートを埋めるために頑張るつもりだ。きっかけは明海から十分に貰った。後は俺が頑張るだけだ。
明海が、細く息を吐く。答えが告げられるまでの時間は、やけに長く感じられた。
「いいよ。新宮君のわがまま、聞いてあげる。お給料も貰ってるし、それくらいはね」
顔を上げた俺が見たのは、明海の日だまりのような笑顔だった。
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