#16 デートのち手料理
「いやー、買った買った! 結局駄菓子も買っちゃったから、持ってくやつ決めないとなー」
駄菓子屋を出た明海は、ご機嫌というオーラを全身に纏わせていた。
もちろん、俺と手は繋いでいる。手元に伝わる温かさが、彼女が隣にいるということを証明してくれるようで安心する。
そんな心の穏やかさが体に表れたのだろうか。俺のお腹が音を立てる。忘れていたけど、昼食を食べずに来たんだった。
「新宮君、お腹空いたの?」
「あー……ちょっと昼を食べるタイミングを逃してまして……」
デートを前にして緊張していたなんて、バレたら恥ずかしすぎる。内心のちっぽけさとは裏腹に、明海の顔には不安が滲んでいた。それを払拭するため、俺は努めて明るい声を出す。
「適当に駄菓子とか食べるから、大丈夫だよ。まだ回りたいところあるんだろ?」
たしか、次はリュックを見にいく予定だったはずだ。遠足にわざわざ新しいリュックを、というのには驚かされたが、気分に合わせて使い分ければいいだけの話。服装は制服で固定されている分、そういうところでオシャレをするものなのだろう。
けれど、明海は思案するような声を漏らした後、俺の予想とは違う回答をした。
「行き先変更で」
「どこに行くんだ?」
「新宮君の家に行こう!」
「なんで?」
「私がご飯作ってあげる!」
そうして、今明海は俺の家の台所に立っている。冷蔵庫の中身を聞いた明海は、迷うことなく直帰を決めた。焼いてタレをかける程度の料理はするから、肉と野菜は冷蔵庫にあるのだ。さて、明海はあの残り物達で何を作るつもりだろうか。
「ふんふふーん……ふふーん……」
点灯していないテレビを眺めていると、後ろから鼻唄が届いてくる。本来はお客様である明海を座らせて俺がもてなす側なのだが、家に着くや否や明海にソファでの待機を命じられてしまった。
食材を切る音や食器が当たる音に、明海の高音が混ざる。音だけ聞いていると、台所はまるでコンサートホールになってしまったみたいだ。
俺は首を回して、こっそりと料理中の明海を盗み見ようと試みる。初めのうちは一部始終を見させてもらうつもりだったのだが、「見られてると集中できない」と文句を言われたのだ。
それでも、異性の同級生が自分の家で手料理を作っている光景を見逃すわけにはいかない。こんな一世一代の機会、背中を向けたままで終わらせてたまるか!
俺の隠密行動に明海は気付いていないようだ。テキパキと工程をこなしていく様は、これから出来上がる食事への期待を高めてくれる。
エプロン身に着ける同級生というのは、家庭科の調理実習でも見ることはできる。それなのに、場所が自分の家になっただけでこんなにも魅力的になるとは。自炊をしようと張り切ったついでにエプロンを買っておいて良かった。
机の上で、青春ノートを開く。『彼女の手料理を食べる』『彼女を家に招く』『彼女にエプロンを着けてもらう』と書かれた行の左端――経験の有無を示す空白に、俺はいそいそとチェックを入れた。
「ねぇ、新宮君」
「なんだ?」
「ノートさ、どれくらい埋まったの?」
「そうだな……三割とかかな」
俺はページを捲りながら、大まかに答える。明海は後ろにいるから、彼女の反応は声でしか掴めない。「まだ全然だね」という返答は、柔らかな声音で紡がれた。
「けど、入学後の一ヶ月に比べたらすごい速度で埋まってるんだ。明海のおかげだよ」
「そっか、それなら良かった。全部埋まるまでに、いくら稼げるかな?」
おちょくるような発言だったはずなのに、俺は胸を打たれてしまう。全部埋まるまで、明海はたしかにそう言った。たとえどれだけ時間がかかったとしても、俺の隣にいてくれる。少なくとも、今の明海にはその意思があるということだ。ノートが埋まらなければ、明海が去ることはない。その思考は、毒のように俺の青春への憧憬を蝕もうとしていた。
――いや、俺の中には最初からそういう邪な気持ちがあったのかもしれない。俺は、自分から何かをしようとしてこなかった。明海からの提案頼りで、日々を過ごしていた。明海は、ノートの中身をほとんど知らないというのに。それだけじゃない、さっき彼女に聞かれる瞬間までその進捗を無意識に隠していた。
青春ノートに書いた内容は、『俺』が叶えたいことだ。それなら、どうして自分から行動を起こさないんだ。今まで付けてきたチェックは、どれも受け身で得たもの。そんなもの、本物の経験とは言えない。
抱えていた青春への憧れは、いつしか明海と過ごすための道具になりかけていたのだと気が付いた。
俺は衝動的にノートのページを破った。その奇行に、明海が狼狽した声を出す。
「何してるの!?」
「これまでの自分に別れを告げたって言えばいいのかな。俺、変わろうと思って。……今のは、その一歩目みたいな」
そう言って、俺は薄く笑った。
もう一度、一個目から書いてみよう。俺が何を叶えたいと思っているのかを。そして、俺からアクションを起こすのだ。明海の力を借りるために。
「その話、後で聞かせてね。まずは豚汁完成したから、食べよ?」
返事の代わりに、俺のお腹が再び音を鳴らした。
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