#13 ランジェリートラップ
「あ、そうだこれ」
俺は、明海に茶封筒を渡す。この生暖かい空気を破ってでも、俺にはこれを差し出さなければならない理由があった。
「お金か。うん、ありがと」
俺と明海の関係は、これなしでは成り立たない。たまたま明海が俺の青春ノートに興味を示してくれたから、たまたま俺が宝くじを当てていたからこそ、俺達はこうして恋人として立っている。
浮き足立つような感覚も、青春真っ只中の甘酸っぱさも、味わうなら今のうちなのだ。貯金が底を尽きなかったとしても、明海の俺に対する興味がいつ尽きるかは分からない。お金という繋ぎ目が解けた時、再び関係を構築できる確証が俺にはなかった。
「なに暗い顔してんの。せっかくのデートなんだから、もっと楽しくいかないと」
明海は俺の手を取ると、ぱっと前へと走り出す。置いていかれないよう踏み出した一歩は、普段よりも大きな歩幅だった。
「さーてと、どこから回ろうかな」
館内地図を眺めながら、唸る明海。その右手は変わらず俺と繋がれたままだ。自意識過剰なだけかもしれないが、つい周りの目が気になってしまう。俺の視線は、地図ではなく人々の間を駆け抜けていた。
「その……目星とかは付いてるのか?」
「この辺とかは早めに行っときたいかな」
「い、いいんじゃないか?」
そう答えはするが、肝心の地図は見ていなかった。手を繋いだ状態でその場に留まっているのが恥ずかしい。だからこそ、一刻も早く動き出したかったのだ。
「私の話ちゃんと聞いてる?」
「き、聞いてるって。ほら、早速行こう」
どこへかは分からないが、ひとまず進もうと足を持ち上げる。しかし、その足が空を切った。それから左手を起点に、進行方向と逆――明海の方へと引き戻される。
背中を向けた俺に回り込み、明海は顔を近づけて言った。
「本当にいいの?」
「……何がだ?」
さっぱり分からない。ついでに、明海の口角が僅かに上がっている理由も分からない。
「今から行こうとしてるとこ、下着屋だけど」
「は、はぁ!?」
「やっぱり聞いてなかったじゃん」
驚く俺をよそに、明海は頬を膨らませる。むくれていても可愛いく感じるのは、今の明海が彼女だからだろうか。
そんなことはどうでもよかった。それよりも問題なのは、こ、これから下着屋に行くということだ。日帰りの遠足でなぜ下着が入用なのかという疑問もあるが、行くと言ってしまった以上避けては通れない。
だが、念のために奇跡を確認しておこう。
「その行き先、撤回できたりは……」
「ダメ。話を聞いてなかった罰として、新宮君にはついてきてもらいます」
「ですよね……」
何ということだ。羞恥から逃れようとしたせいで、それを上回る辱めを受けることになってしまった。
俺だって思春期男子の一人、下心くらいはきちんと持っている。けど、下心があったとしても、せいぜいちらっと店内を覗くだけだろう。それが店内に入ることになってしまったのだ。それも異性と一緒に!
「なーんて! 冗談だよ!」
にしし、と悪戯っぽい笑みを浮かべて明海は肩をぶつけてくる。
ああ、俺今揶揄われてたのか……。ようやく合点がいって、体の力が抜けてしまった。
「驚かさないでくれよ……」
「もう、鈍感なんだから。下着屋に入ったら、試着することになるんだよ? 私、彼女にはなったけど、まだ下着を見せる関係になったつもりはないもんね」
「そ、そうだよな……」
店の中ばかり考えていたけど、冷静になってみれば下着屋って下着を選ぶ場所だもんな。服屋みたいに試着するスペースがあって、その下着が似合っているか確認を……
「ねぇ、今何考えてたの?」
「は、え? いや、何も!」
「えー、嘘だ。いいじゃん教えてくれても。そうじゃないと、本当に連れてくよ?」
「それは……!」
「じゃあ白状すること」
それを交換条件に出されると、俺としては強く出られない。それどころか、全ての要求に従ってしまいそうだ。
内容を聞いて、明海は気を悪くしないだろうか。場合によっては、俺の青春はここで幕を閉じることになるかもしれない。
ゆっくりと、己の罪を告白するように俺は口を開いた。
「明海が……その、下着を試着してるとこを、思い浮かべてた……。で、でも! 別にいやらしい気持ちがあったわけじゃなくて……!」
「いいんだよ、そうやって思っても」
「……え?」
「だって、私は新宮君の彼女なんだからさ。思うくらいはいいんじゃないかな? 恋人なんだったら、ちょっとくらいはそういう風に見てもらいたいし」
明海はそれだけ言うと、顔を背けてしまう。その耳元が赤く染まっていたのを見て、これが彼女なりのフォローなのだと察した。
俺は心の中で明海に感謝し、それから改めて二人で店舗の順番を決めたのだった。
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