#12 恋愛に正解はない
俺は今、猛烈に緊張していた。その気持ちが反映されたように、待ち合わせ場所である改札口の近くを右往左往してしまう。学校の最寄り駅から三駅先、改札口に面した商業施設が今日の目的地だ。
うぐぐ……落ち着かない……。なんかもうしんどいから、実はドッキリでしたって解放してくれないかな。
時刻は十二時半。集合時間の三十分前だ。本来は昼食を食べてから集合なのだが、食事が喉を通らないから諦めた。それどころか、昨夜はほとんど寝た気がしない。
楽しみにしていたはずなのに、気付けば最悪のコンディションで当日を迎えることになっていた。
「いいんだよな、これで……」
窓ガラスに映った自分の姿が気にかかる。昨日、寝付けないついでに調べてみたのだ。デートの時の鉄則――身だしなみや時間に関する色々を。頭に残っているいくつかを、俺は思い浮かべる。
『その一、集合時間の十五分前には到着しておこう』
これについてはばっちりだ。いや、ばっちりすぎてむしろ引かれないか心配になる。考えてもみろ、まだ十五分前どころか三十分前だ。「待った?」に「今来たところ」と返すには、早く来すぎというものだ。
『そのニ、当日は清潔感のある身だしなみで』
……清潔感ってなんだろうか。当然、これも調査済みだ。驚くことに、毎日風呂に入っているだけで清潔感が手に入るわけではないらしい。これは、いわば概念みたいなもので、手入れされた髪型や皺のない服装などが該当する。もちろん、気合いを入れてスーツを着ろということでもない。年相応で自分に合った、TPOをわきまえた服を着るべきだとインターネットには書いてあった。
とりあえず外れることはないだろうと、青のシャツを選んでみた。季節的にもおかしな色ではないと、現在進行形で自分に言い聞かせている。
そして、髪型だ。深夜に美容院は開いていないので、手入れをするには道具に頼るしかない。だから俺は、急いでワックスを買いにいった。インターネットの力を活用し、見様見真似でセットしている。いつもは流しているだけの髪に、今日だけは命が宿っているようだ。
とはいえ、慣れない髪型というのはどうもソワソワする。浮足立っていると笑われないだろうか。心待ちにする気持ちと同じくらい、失敗への恐怖も大きかった。
『その三、相手を――
「お待たせ」
見知った声に、俺は思わず振り向く。知っているはずの明海、その知らない姿が目の前にあった。
足元は、制服と違いデニムのズボンでガードが固い。だが、それに対して両肩を出した上半身に危うさを覚える。明海の快活さや可憐さに、女性としての艶やかさが加わったようでドギマギさせられた。
まさか、私服一つでこんなにも印象が変わるとは。
「お、おお、早かったな」
俺は自分のことを棚に上げて、目を逸らしながら応じる。気を抜くと出された肩に視線が吸い込まれてしまいそうだ。そんなことがバレれば、機嫌を損ねて帰られてしまうかもしれない。
「デートなんだし、早めに来た方がいいかなって」
「そ、そうだよな! 俺もそんな風に考えたら早く来すぎちゃったよ」
無理をしているからか、乾いた笑いしか出てこない。結局、噂に聞いた「待った?」なんて問いかけがくることはなかった。あの手のはフィクションのお約束であって、俺が直面しているのはノンフィクションなのだと実感する。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「この服、どうかな?」
明海はそう言うと、ファッションショーさながらの一回転を見せる。スカートを履いていたら大慌てで止めるところだったが、今回は一安心だ。それはそれとして、俺の胸は激しく鳴っているのだが。
そして、俺は遮られた鉄則の続きを思い出す。
『その三、相手を褒めよう』
つまり、俺は今からデートを成功させるために明海を褒めちぎるというわけだ。実際のところ、そんな打算的な理由がなくても褒めたいのだが、素直になれないのが男心というもの。分かってほしい。
俺は深く息を吸い込んで、吐く勢いのまま声を出した。
「似合ってるし、可愛いと思う。今まで制服しか見てなかったから新鮮味もあった。肩が出てるのはちょっと刺激が強いけど、魅力的……だとは思う」
「あ、ありがと……」
ここまで言われるとは思っていなかったのだろう。明海は目を丸くしている。それに、顔も真っ赤だった。あと二ヶ月もすれば、熱中症だと疑われそうなほどだ。
褒められるのって恥ずかしいよな。気持ちは分かる。まぁ、俺そんなに褒められたことないんだけど。
「……新宮君も」
「俺がどうかした?」
「新宮君も、今日すごい決まってて格好いいと思う。髪とか、学校の時と全然違うからびっくりしたもん。すごい格好いいから学校でもしてほしいけど、それだと他の子に……ごにょごにょ」
後半につれて声が小さくなっていって聞き取れなかった。けど……もしかして、俺褒められたのか? 明海、格好いいって言ってたよな?
なんだか、心が温かい。褒められるってこんな感覚なのか。ひょっとしたら、いや確実に顔が真っ赤だ。だって、首から上がめちゃくちゃ熱い。
「ありがとう……」
明海の気持ちが分かった。そりゃ、ありがとうしか返せないわけだ。
今からデート本番だというのに、俺達は互いに顔を見ることもできないほどに照れてしまっている。やっぱり、恋愛の基礎は義務教育で教えるべきだと思った。
お読みいただき、ありがとうがとうございます。
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