#101 遠いけど、大きいもの
気付けば、周囲には人だかりができていた。土手は、散らかった部屋みたいに地面が見えなくなっている。レジャーシートだけじゃ埋めきれない隙間を、立ち見の人々が埋めている。
これだけ人が集まっているということは――
結論を出そうとした時だった。視界の端で、一筋の光が空を駆けた。それと同時に、観客達からどよめきが生じる。
「みんな見て! きたよ!」
俺達の中でいち早く声を上げたのは、井寄だ。上空を指差す彼女は、声を跳ねさせている。
その指先が示す方向を向いたところで、光が爆ぜた。
「わぁ、綺麗……」
咄嗟に出なかった感想が、夕夏の口から零れる。夜空に一時の昼をもたらしながら、光が散っていく。腹の底に響くドンという音が、緩慢になっていた思考に輪郭を取り戻してくれた。
そして、この一発を皮切りに、空には無数の光の軌跡が描かれる。それらが一斉に弾ける様は、これまで夏の風物詩に触れてこなかったことを後悔するほどの美しさだった。
「ねっ、なんかすごくない!?」
「分かるよ桃。去年まではそこまでだったのにって言いたいんだろ?」
「そうそう! 今年は、なんかすっごい感じ!」
「僕達も大人になったってことなのかな」
「おいおい、気が早すぎるって。十五だぞ?」
なんて冷静を装ったツッコミをするが、俺も内心興奮を抑えられなかった。茂木じゃないが、この年になって感受性が豊かになったのだろうか。
いや、きっとここにみんなといるという実感の影響だろう。俺はまだ、一人で花火に感動できるほど大人じゃない。
赤、黄、青、緑。様々な色を持った花火が、空という暗いキャンバスを明るく彩っていく。これを見ている俺達の瞳にも、同じように花が咲いているのだろうか。
「友哉君」
不意に、夕夏が服を引く。
「なんだ?」
「ノートは埋められそう?」
「ああ」
俺は、確信に満ちた声で首肯する。
『友達と、彼女と夏祭りに行く』『友達と、彼女と花火を見る』、この二つは確実に達成できた。欲を言えば、堂島と九条もこの場にいてほしかったが。その分、海に行った時にみんなで花火は楽しんだ。
それに、来年だってある。高校生の夏は、あと二回もあるのだ。
「良かった」
穏やかな声色でそう言ってから、夕夏は再び空に視線を向けた。
花火が弾ける度、その色彩が夕夏の顔を照らす。俺はしばらく、その横顔に見惚れていた。
美しく、ひと夏の思い出を刻む花火。その輝きは遠くて、見上げたとしても手は届かない。
けれど――
「と、友哉君……?」
いきなり手を握った俺を、夕夏は戸惑いながら見つめてくる。咄嗟に取った行動に、俺自身も戸惑ってしまう。
無性に、夕夏に触れたいと思った。だが、それを直球で言うのは、さすがに引かれそうだ。なんとか、誤魔化さないと……!
「今日、楽しかったか?」
苦し紛れに出た問いに、まだ終わっていないと自分でツッコみたくなるが、グッと堪える。
目を丸くした夕夏は、すぐにその表情を和らげて、笑った。
「うん、すごい楽しかったよ」
その笑顔は、花火にも負けないくらいの眩しさだった。
ちょうどその時、一際大きな音を立てて、花火が炸裂した。黄金の光が、漆黒の空に柳のように枝垂れる。誰に聞かずとも、これがフィナーレだと直感した。
俺は、この日の光景を生涯忘れない。そう強く心に誓った。
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