#98 ここでしか出会えない世界
休憩所で食べ物を頬張りながら、俺達は次に迫ったイベントについて話していた。
混雑のせいで聞けなかった回答が、ようやく井寄の口から語られる。
「えーっと、瑠璃の出番は二十時半だから……」
「あと十分くらいだね」
スマホで時間を確認した茂木が、相槌を打つ。
「それなら、早く行かないとだよね?」
「できるなら前の方で見たいしな。こういうのって、結構人が集まるんじゃないか?」
「ここの夏祭りは毎年来てるけど、実はそこまでなんだ」
「まぁ、今の僕達にとっては嬉しい話だけどね」と、茂木は肩を竦めた。
こういった催しに関心がないことを、俺に責める権利はない。九条が立つと知らなければ、きっと俺も出店と花火を満喫するだけで夏祭りを終えていただろうから。
「遅れて最初から観られないのは困るよな」
「じゃあ、もう移動しよっか! 買ってきたものも食べ終わったし!」
机上には、空けられた容器と串がまとめられている。山盛りに思えたが、案外消費できてしまった。高校生が四人も集まれば、これくらいあっさりいけるものらしい。
ゴミを片付け、休憩所のテントから出ると、左手に出店の列とは違う人の集まりを見つける。人数はそれほど多くないが、何かを待っているということはうかがえた。
舞踊は、あそこの神楽殿で披露されるという。あの人数であれば、飛んだり跳ねたりしなくても全容を観ることができるはずだ。
「ほら! みんな早く早く!」
テンションの上がった井寄が、駆け足になる。その背中に続いて、俺達も神楽殿へと向かった。
幸い、最前列もまだ空いていた。間近に来ると、神仏の持つ高貴で洗練された雰囲気が漂ってくる。ちょっと離れたところでは祭りの喧騒が音を立てているというのに、つい息を呑んで見入ってしまう。そんな力があった。
「ここで瑠璃が躍るんだね」
「ああ、すごいな」
「私、ドキドキしてきたよ……」
夕夏もこの空気に飲まれているのか、緊張感のある声で言う。
そして、笛の音と共に、巫女服を着た女性達が現れた。高床式の舞台に立つ姿を見るには、首を傾ける必要があった。自然と見上げる姿勢にさせられるのが、この建築の狙いなのかもしれない。
「あっ、あれ! 左奥にいるのが瑠璃だよ!」
小声の井寄が、九条の居場所を知らせてくれた。同じ格好、同じ髪型をしていて、見分けがつきづらかったから大助かりだ。
四角を作るように並んだまま、演奏に合わせて、九条達は優雅に舞を踊っていく。ゆるやかに見える振りでも、指先まで意識が張り詰めている。動きの一つ一つからそう感じられた。
雑踏の話し声や足音も、鉄板とヘラの擦れる音、射的の音も聞こえない。ただ、目の前の舞だけに俺の意識は吸い寄せられていた。
自分の立っているここだけが、どこか別世界として切り離されたような。不思議な感覚に浸っているうちに、演目は終了し、もう一度音に満たされた夏祭りが帰ってきた。
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