#96 俺は戦場に立てない
ターゲットは、安定性に欠けているのか常にフラフラと揺れている。ぬいぐるみの重量といえど、芯を捉えれば倒すことはできるはずだ。
狙いを定めて、引き金を引く。弾はぬいぐるみの耳元を掠る。
狙いを定めて、引き金を引く。弾はぬいぐるみの頭上を通過する。
狙いを定めて、引き金を引く。弾は――
「夕夏……ダメみたいだ……」
静かに銃を置き、心待ちにしていたであろう夕夏に振り返る。
俺にここまで射的の才能がないとは。傘付き水鉄砲で、己の射撃センスを勘違いしていた。これからは、もっとゲーセンに籠ってゾンビと向き合う必要がありそうだ。
「そんなに落ち込まないでよ! 次は私の番、友哉君の仇は必ず討つから!」
頼もしい言葉を残して、夕夏は店主から弾を受け取る。チャンスは三回。その間に景品を倒せば、手に入れることができる。
だが、平和な日本に暮らす俺達にとって、銃を持つ機会は珍しい。慣れない武器を使って、目標を撃ち落とすのは難しいことだ。
「よーし……」
俺に背を向けた夕夏が、視線の先のぬいぐるみに銃口を向ける。
カチャリ、と引き金を動かす音と共に、弾が発射された。その軌道は、俺の目でも追えるものだ。大きく逸れた弾は、ぬいぐるみの一段上――気を抜いていただろうお菓子の箱に直撃する。
「当たっちゃった」
「お嬢ちゃんやるね! おめでとう!」
一発目にして、夕夏は景品を手に入れた。もちろん、狙っていたものではないが、外しても結果を手繰り寄せたのだ。
貰ったお菓子を俺に手渡し、夕夏は右手の銃を掲げて言った。
「これ、反動があるんだね。水鉄砲と全然違うや」
「跳ね上がることを前提に、下を狙った方が良いかもな」
「ふむふむ……まだ弾あるし、友哉君の言ったようにしてみるよ」
実践しようとしてくれている夕夏には申し訳ないが、俺は戦果を上げていない。これを信じるかどうかは、夕夏次第だ。
しかし、自分が当事者じゃない分、客観視できるというのも事実。競技に選手だけでなくコーチがいる理由が、少しだけ分かった気がする。
夕夏は、再び台に立つ。そして銃を構え、「下を狙う……下を狙う……」と念仏のように唱えていた。
「えいっ」
声が零れたのは、気合いが入っている証だろう。そんな意気込みで放たれた弾は、思惑通り跳ね上がってもなお、ぬいぐるみに届く軌道をしていた。
当たったのはぬいぐるみの額。だが、強靭なその体を揺さぶるだけに終わった。
「そんなー……」
これは俺も想定外だった。あそこまで綺麗に当たれば、てっきり倒れるものだと考えていたのだが。
そんな時、狼狽していた俺のもとに、聞き馴染みのある声が届いた。
「欲しいのはこれかな?」
発射音が鳴った次の瞬間、ぬいぐるみの首元が撃ち抜かれ、そのまま地面に伏せた。そう、ぬいぐるみが倒れたのだ。
「兄ちゃんやるね! おめでとう!」
さっきよりもテンションの上がった店主が、ぬいぐるみを持って、撃ち落とした客に近づいていく。
「あれって……」
店主がぬいぐるみを手渡したのは、俺のよく知る男だった。
「やぁ友哉、夕夏」
「やっほー、お祭り楽しんでるね!」
茂木の影から、井寄もひょっこりと顔を出す。どうやら、二人も射的に目をつけていたようだ。
「これ欲しかったんだろ? 僕からのプレゼントだ」
「いいのか? それ、茂木が取ったやつなのに」
「僕と桃を結んでくれた二人へのお礼みたいなものさ。むしろ、受け取ってくれない方が困るかな」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
茂木からぬいぐるみを受け取った夕夏は、それを大事そうに抱えた。
俺が渡せていたらどれだけ良かったか。彼氏として、己の不甲斐なさを実感してしまった。
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