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04 仮面

 新居にやって来た日、私は自分の寝室で深夜まで眠れなかった。


 別に興奮して、目が冴えて眠れなかっただけではない。


 普通、誰かと結婚すると言ったら、そういった肉体関係だって込みであることが前提だと思う。


 私だって、当たり前のようにそう思っていた。


 けれど、夫になったシリルはその晩、寝室の戸を叩くことはなかった。待ち疲れた私はいつの間にか、ベッドで寝てしまっていた。


 朝食の時間だと新しく雇ったメイドに起こされ、準備をして食卓に付けばシリルは既に朝食を食べていて、私を見てにこっと微笑んだ。


「おはよう。フィオナ。良く眠れた?」


 いいえ。夫になった貴方を起きて待っていなければと思っていたので、全く。


 なんて言えるはずもなく、私は力なく微笑んだ。


「おはようございます。シリル……あの、その服は?」


 私は彼が着ている服を見て、不思議に思った。シリルは元々冒険者をしていた庶民で、勇者の宣託を受けて魔王討伐を果たした。


 そして、公爵位を持ってはいるけど、気軽な冒険者の格好を好んでいるのか、今着用しているような堅苦しい貴族服を着ているのを見たのは、私の家へ両親に挨拶をしに来た時くらい。


 どちらにしても、シリルは辺りを払うくらいにまばゆく姿形が良い。あんな経緯(いきさつ)がなければ、こんな私なんて彼と話したい令嬢の順番待ちの列に押されて、口を利くことすら出来てなかったはずだ。


「あ。うん……晴れてベアトリスから完全に逃げ切り大成功だから、俺もそろそろ自分の役目とか果たそうかなって」


 百年周期で現れる魔王が居れば、そのたびにそれを打ち倒す勇者も現れる。見事シリルは、それを果たしていた。


 魔王討伐を成功させた勇者は、王女と結婚したり、聖女と結婚したり、一国の重鎮となったり、世界の救世主として華々しい道を歩むことになる。


 とは言え、シリルはそういうことを望んでない欲の薄そうな様子だったけれど、私と偽装結婚して聖女ベアトリス・ヴィオレに結婚を迫られることもこれでなくなって、いよいよ成功者としての道を歩み出すことにしたらしい。


 だから、結婚相手はシリルにとって、誰でも良かったんだわ。


 私でなくても。別に誰でも。


「……そうなんですか」


「うん。フィオナはどうする? 俺は今日は日中出掛けるけど、君は何か予定があるの?」


 優しい夫シリルは、沈んだ様子の私を気遣うように語りかけた。


「あ……そうなんです。今夜は友人に会うために、夜会に行こうと思っていて……」


 突然、シリルと結婚することになってしまった私の元には、友人たちから何があったのかを問う手紙が届いていた。


 もちろん。親友のジャスティナからも。


 ただ、シリルの本来の目的とかお父様の思惑とか色々と理由あって新聞での公示をまだしていない。だから、彼らは結婚したという噂のある私が、誰と結婚したかを知らない様子だった。


 詳細な事情を全員に手紙で知らせるのも大変だし、ちょうど城で大きな夜会があるので、そこで会って説明しようと思っていたのだ。


「そうか。では、俺がエスコートしよう。フィオナはもう既婚者なのだから、エスコートは必要だろう」


「え……ええ。ですが」


 私はとても失礼ながら、いかにも自由人のようなシリルが貴族としての私の立場を心配してくれた言葉を掛けてくれたのに驚いた。


 シリルは元々庶民の勇者なのだし、その辺りの貴族の常識が欠けていたとしても、何の不思議もないと思っていたからだ。


 私がそう思って戸惑っていることが伝わったのか、シリルは安心させるように言葉を重ねた。


「新婚の妻が一人で夜会になどに行けば、これは良い機会だと良からぬ奴が寄ってくるとも限らないから。俺が心配なんだよ。一緒に行こう」


「……そんな、私になんて」


 いつもジャスティナの引き立て役だった自覚のある私に、声を掛けて来る人なんて居るはずもないのに。


 シリルは、何も知らないから。


「……? フィオナは、自分がわかっていない。新婚早々に美しい妻を一人切りにする夫と結婚したと思われれば、火遊びにちょうど良い相手だと良からぬ輩はそう思うだろう」


 そんな新婚早々の夫とは、何もない偽装結婚で白い結婚のままで終わってしまうはずだもの。何の問題もないのではないかしら。


「……シリルは、嫌ではないですか?」


「何を嫌だと思うんだ? 俺がこれまでああ言う場所に行かなかったのは、人の集まる場所に行けば、すぐにベアトリスがやって来ることが嫌だった。可愛い妻を伴えば、彼女も逆に近付いて来られないだろう」


 私が居ればベアトリス様は、彼に近づいて来ない。そうだったわ。


「そうですね……ええ。それでは、私は今日は夜会の準備をしてお帰りをお待ちしております」


 納得したつもりで微笑んだけどぎこちない笑顔であったことは、仕方ない。


 けれど、こんな私が勇者シリルと結婚出来たのは、彼が嫌がっているベアトリス様が私が居れば近づいて来ないから。


 ただ、それだけ。


「ああ。そうしてくれ。なるべく、すぐ帰るようにするよ。前々から軍の戦闘顧問の仕事を将軍から、依頼されていたんだ。ようやく恩のある彼からの申し出を受けることが出来て、仕事らしい仕事が出来るよ」


「なかなか適任者の居ない、素晴らしいお仕事ですわ。とても素敵です」


 私がそう言えば、彼はパッと顔を明るくして嬉しそうに笑った。


「……そうか! フィオナがそう思うなら、受けて良かったよ。ところで、貴族の女性が夜会へと出席するための準備は、朝から何時間も掛かるって本当なのか?」



◇◆◇



 私たちの名前を呼ぶ声が聞こえて、夜会の会場へと入れば、一斉にこちらへと視線は集まった。


 会場中から痛いくらいの視線が集まるのを感じて、自然と手が震えた。初めて勇者シリル・ロッソが、こうして人前に姿を現すのだ。注目の的になることは、避けられない。


 私たち二人は周囲から、どう思われている? 華やかな勇者の隣に居るのが、地味で特筆すべきところのない女性で、とても不釣り合いだと?


 ああ。こうなることは、わかっていたはずなのに。


「……フィオナ? どうした? 顔色が悪い」


 エスコートするために持っていた手を握っていた力が強くなって、私ははっと我に返った。


 すぐ隣には、シリルの整った顔。心配そうに、表情は歪んでいた。いけない。これは、彼には何の責任も……関係もないことなのに。


「いいえ。大丈夫です。ごめんなさい。考え事をしていました」


 私が小さな声でそう言えば彼はほっと安心した様子で、シリルは微笑んだ。


「そうか。冷たい飲み物を貰って来よう。君はここに居て、すぐに戻るから」


 そう言ってからシリルは周囲に集まる貴族たちの間をすり抜けて、歩いて行った。何を今更と思われそうだけど、私の夫は本当に何をしても絵になる人だ。ただ歩いているだけの後ろ姿だとしても、目を引く。


 とは言え、シリルは必要あって私と結婚しただけだし、愛まで望んでしまえば全てを失うことになりそう。


 そんな私は自分の立場を、客観的に見るべきだわ。


「フィオナ……! フィオナ! あれは、勇者様? 本当に、驚いたわ。私、何度も家に行ったのよ。けど、貴女いつも外出していて、会うことが出来なかったの!」


 ああ。そうだった。私はこの夜会にやって来た理由を、思い出した。駆け寄って来た彼女に、説明をしなければ。


 だって、私たち……幼馴染みで、仲の良い親友なんだもの。


「ええ。心配をかけてごめんなさい。ジャスティナ。私にも突然決まったことで、説明する余裕が全くなかったのよ」


 そうして、私はいつものように、とても良く出来た仮面を被る。これは、長年使って来ただけあって、そうそうのことでは壊れはしない。


 親友ジャスティナの美しさや聡明さにただ心酔しているだけの友人、引き立て役の仮面をね。


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