33 質問
夫シリルの様子が……最近、なんだかおかしい。
まるで太陽のような明るい性格で誰がどう見ても光属性勇者様のシリルは、いつもにこにこしていてあまり悩むこともない。
うじうじと悩んでしまう私と正反対の性格なので、そんな彼に救われることも多かった。
いま、私はそんなシリルの背中を庭園で見付け、こっそりと観察していたら、庭師の趣味で鉢植えをいくつか置いている多肉植物の枯れ葉取りをしていた。
一枚一枚枯れ葉を剥ぎ取り、彼はふーっと大きく息をついた。
私はそんなシリルを見て衝撃だった。だって、ロッソ公爵となり今では軍入りして、作戦立案を担う幹部として貴族としての義務を果たしてもいる。
世界を救った報酬で与えられた肥沃な領地は広大で、領民たちの暮らしも良好。
そんなシリルが何故か悩ましい顔をして、多肉植物の枯れ葉取りをしているの? 私との結婚生活にでも、何か不満があるのかもしれない……。
私はそっと近付けば、彼はぶつぶつと呟きながら枯れ葉を一枚一枚ちぎり取っていた。
「あと、九ヶ月……あと、九ヶ月」
九ヶ月……? 何かしら? 私たちの結婚式のこと……?
「シリル? 何をしているの?」
「わ! フィオナ! いや、別に何もしていないよ!」
シリルは本当に驚いているのか、綺麗な青い目を見開いていた。澄み切った青空のような、綺麗な色なのだ。
「ねえ。シリル。何かあったの? 最近、様子がおかしいように思えて……」
私はシリルの隣に座りながら、彼に語りかけた。シリルはがっくりと項垂れると、はあと大きく息をついた。
「うん……そうなんだ。はっきり言うけど、フィオナ。俺は君と結婚して……今では、愛し合っていると思っているんだ」
「? それは、そうよ。私だって、同じように思っているわ。私はシリルと結婚したくてしたもの」
シリルはとんでもない方法で結婚相手を募集していたけれど、私はそれに応募して結婚することになったのだ。通常ならば順番が逆かもしれないけれど、結婚して愛し合ったというのは違いない。
シリルはコトンと音をさせて、持っていた多肉植物の鉢を棚に置いた。
「そうなんだよね。それは、俺にはわかっているんだけど……」
憂いを帯びた表情を見て、私は胸がキュンとときめいてしまった。勇者シリルはひと目見れば、驚くくらいに美形なのだ。
私も彼を初めて見た時には、驚いたものだ。そんな彼が結婚相手を募集していたことも、とっても驚いたけれど。
「どうしたの? シリル。結婚式のことなら、早めても問題ないのよ? だって、私たちは既に夫婦として書類を提出しているのだし、私の結婚式のドレスなら、もっと早くに納品してもらえるように調整することだって出来るんだから」
「……わ! 駄目だよ。せっかく一生に一度の結婚式なんだから、よくわからない理由で時期を変えるなんて絶対に出来ない。俺はそんなことは出来ない」
シリルはそう言うけれど、彼が物憂げな理由が結婚式なのなら、私は早めてもまったく問題ないのだ。
「どうしたの。シリル……貴方が元気ないと、私は心配なのよ。わかるでしょう?」
私はシリルの手に自分の手を重ねた。大きな手だ。彼はこの手で、世界を救ったのだ。信頼出来る仲間と……とある聖女様によって。
「うん。俺もフィオナがこんな風になっていたら、心配する……心配するよな。ああ。何をやっているんだろう……」
「もうっ……早く言って。シリル。私たち、これから一生を共にする夫婦なのよ。隠し事なんてしていても、仕方ないんだから。理由を話して欲しいの」
膠着状態に我慢出来ずに、そう言った。
「フィオナとルーンって……ほら、仲が良いだろう?」
シリルは言いづらそうにそう口にして、私は軽く頷いた。
「? そうね。ルーンさん、魔塔での仕事は全部断っていて、所属を解除出来るまでずーっと暇なんですって」
最近、ロッソ公爵邸に入り浸りになっている魔法使いルーンさんは、時間を持て余して色々と私に披露してくれることがある。
これまでの魔塔での研究とか、新しく思いついた魔法とか、そんな彼に私は趣味で作ったお菓子を振る舞うことも多い。
「そうなんだ。よくよく考えてみて……ほら、俺がね。フィオナの親友のジャスティナ嬢のところに入り浸っているとしたら……」
「嫌」
シリルの例えを聞いて、私はそれは嫌だと思ってしまった。シリルとジャスティナには出来れば近付いて欲しくない。
二人にはそんなつもりはないとわかっていても、それは絶対に嫌だった。
「そ……そうだよね。いや、俺はルーンとフィオナを信じているよ。信じているけど、万が一……何かが間違ったら、なんて、たまにそんな悪い想像しちゃんだよ」
シリルは悲しそうに、そう言った。
そして、私はシリルのことを凄いと思った。私ならなかなかこういうことを本人には言えずに、うじうじとして悩んでしまう。
「そうなのね……わかったわ。もうルーンさんに会わない!」
私はパッと立ち上がって言った。
そうと決まれば、ルーンさんに『夫が不安がるから来ないで欲しい』と話さなければならないし、なんでも出来る魔法使いを頼りにしている使用人たちにも、そう周知しないといけない。
「待って! 待って。そういうなんていうか、そういう極論が言いたいわけじゃないんだ。俺もルーンは暇ならこの邸に居れば良いと思う。あいつ、本当に暇そうだし、なんなら、その間安心して俺は軍で働けるからね」
「……? けど、シリルが言いたかったのは、そういうことではないの?」
私はなだめるように手を引かれて、もう一度シリルの隣に座り直した。
「いや、さっきのフィオナの反応を見て、俺が考えすぎだったと、よくよく理解したんだ……俺は、フィオナのことが好き過ぎるのかもしれない」
「シリル……」
私は彼を見つめた。
世界でも一番に強いからこそ、勇者に選ばれたというのに、私が何も迷わずに彼を選んだことに対して嬉しそうに目が輝いている。
「その、ごめん……早くフィオナとちゃんとした夫婦になれたら、不安が解消するかもって思ったんだけど、よくよく考えたらフィオナは俺のことが好きだし、俺も好きだから何も問題なかったよ」
そう言って、にこっと微笑んだシリル。本当に、眩しいくらいに明るい笑顔が素敵。
さっきまでの悩みなんて、もう消えましたみたいな感じになったけど……?
「えっと……その、どうしたら良い? 私はシリルを不安にさせたくないの。だって、一番に大事なのはシリルだもの」
そこでぎゅっと抱きしめられた私は、シリルの身体に手を回した。
そうなのだ。私はシリルのことが好き。世界で一番に好き。そんな人と結婚しているのだから、不安に思う要素があるとしたら、排除しておこうと思うのが自然の摂理だった。
「もう大丈夫。俺はフィオナを愛しているから、何も怖くなかったよ」
シリルは少し身体を離して、私の唇に軽くキスをした。
「……大丈夫、なの?」
「うん! もうルーンは気にならなくなった。フィオナの話し相手にもなるし、この邸が万が一誰かに何かされそうになった時にも安心だし、あいつは日中ここに置いておいて……俺が安心する」
おずおずと質問した私に、もう既に悩みはなくなったと明るく笑うシリル。切り替えが早すぎて凄い。
もう本当に……シリルと結婚して良かったと、私は数え切れないくらいに思うのだ。
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