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20 約束

「……国全体の守護結界を、一回外す? この後を考えなくて良いなら、シリルなら全力で一分あったらいけるだろ?」


「いや。ここで俺がベアトリスの代わりに結界を張るのを止めたら、この国がまず滅びるけど……大丈夫?」


 二人ともそんな訳にはいかないだろうとわかりつつ話し合っているのか、微妙な表情でへらっと微笑み合った。


 待って……待って! もうすぐ国が滅亡しそうなのに……二人とも余裕でこんなにも落ち着いてるの?


「んー……地下で倒れているベアトリスも、シリルの攻撃を防ぐのに防御特化の結界張るだけで精一杯だったみたいだからな……多分。起こしても無駄だなー」


「一応は女の子だから、手加減はしたよ?」


「ははは。一応な。一応……確かに、他の地下室に転がってる奴らよりかはマシだったな」


「まっ……待って! 二人とも、なんでそんなに……動じてないの?」


 私は我慢し切れずに、聞いてしまった。二人には焦った様子もなく、ただただ現状を語り合っているだけなのに。


 一人だけ慌てている私の言葉を聞いて二人は目を合わせて、同時にため息をついた。


「……もう、これは仕方ないよな? ルーン。一人を召喚するならいける? 俺も余っている魔力を、そっちに回せないこともない」


「なんとか……あれが片付かないと関わらない約束なのに、気が引けるけど……これは緊急事態だし、仕方ない。これはもう。うん」


「うんうん。仕方ない。王都っていうか、国がなくなるかの瀬戸際だから。あいつを喚び出そう。俺たちの友情より、王都に住む住人たちの命の方が大事だ」


「……仕方ないよな。うん。仕方ない」


 二人の行き先不明な会話は続き、私には理解出来ないままでルーンさんは可愛い顔に似合わない低い声で呪文の詠唱を始めた。


 ちなみにルーンさんは最高位の魔法使いなので、ほとんどの呪文は詠唱不要らしいんだけど、今から使う魔法は特別に難しいものなんだろう。


 近くの地面に大きな魔法陣が瞬時に描かれて、複雑な文様の線から紫色の光が漏れ始めた。


「フィオナ。もう心配しなくても、大丈夫だよ」


 にこっと微笑んだシリルは、こんな危機的状況なのに、絶対大丈夫だと疑ってもいない様子だった。


「シリル。誰を召喚するの?」


 そこがわからないと、私は永遠にこの事態を理解できない。


「うん。俺たちの、心強い仲間の一人。実はこいつが俺より、魔王討伐の旅の間、ベアトリスの被害を一番受けていた男なんだ」


「え……? シリルよりって、誰なの?」


 ぽかんとした私が彼の答えを聞く前に、魔法陣の真ん中に難しい表情を浮かべた長身の男性が立っていた。


 彼は短い赤い髪に、金色の目。背中にあるのは、背丈の半分ほどもある大剣。


 私の夫のシリルは王子様と言っても不思議ではない容姿だけど、この人は対照的に鋭い目つきに精悍で危険な悪っぽい雰囲気を漂わせている美形だった。


「……やあ。ライリー」


 シリルがにこにことして手を振って微笑めば、ライリーと呼ばれた彼は難しい顔をして確認するように言った。


「ベアトリスの件は、片付いたか?」


「……いや、実はまだ……」


 真っ先に気になる様子の彼に言いにくそうにシリルが言えば、男性三人の中に気まずい沈黙が落ちた。


「……何やってんだよ! 俺が旅の間、ベアトリスにどれだけ苦労したと思ってるんだよ!」


 ライリーさんはイライラとした様子でそう言えば、ルーンさんははあっと大きなため息をついて言った。


「あの旅の間、一番負担を掛けたライリーには悪かったと俺たちだって思ってるよ。だから、命の危険が迫る今まで、お前を呼ばなかったじゃないか」


「……命の危険?」


「上空見てよ」


 ルーンさんが上を指差して、空に浮かぶ大きな魔物を指し示せば眉を寄せた彼はこともなげに言った。


「あの程度……すぐに倒せば良いじゃないか。勇者と魔法使いが二人揃ってぼーっと突っ立って何しているんだ?」


「色々あって、シリルはベアトリスの代わりに国を守る広範囲の守護結界張っているし、俺は魔力を限界まで吸われてる。今頼りになるのは、お前だけだ。剣聖ライリー」


「なんだよ……その何があったか、くそ気になるよくわからない状況は。仕方ない。少し待ってろ。後で事細かに、事情を聞かせて貰うからな」


 そう言った彼は特別な予備動作もなく、空へと舞い上がった。ふわりと浮いて、上空へと高く上がって行く。


 彼を追うように何の足場もないはずの空を走っていく大きな赤い虎は、この前に見たシリルの白い竜のように実体はなく燃え盛る火で形作られているようだ。


 すっ……すごい。ルーンさんも空を飛んでいたけど、彼らはこんな風にして魔物と戦ってたんだ。


 やがてキーンと高い音が辺りに響き渡れば、魔物と相対したライリーさんが背中にあった大剣を抜いているのがかろうじて見えた。


「ああ。良かった……ライリーが、そこまで怒ってなくて」


 ほっと安心して胸を撫で下ろした様子のシリルに、ルーンさんが微妙な表情を浮かべ頷いた。


「今回の件で自分へ攻撃した優しいはずのシリルを諦めたベアトリスが、ライリーと結婚するとか言い出さないと良いけどな。俺もまだ魔塔との契約期間残っているし、王が今度はライリーを探して来いって言えば聞かざるを得ないし」


 魔塔と契約している魔法使いには厳格な決まりが定められているらしく、ルーンさんは契約魔法で縛られているので、出資者である王からの要請があればどんなに嫌でも聞かないといけないらしい。


「あの……? ルーンさん。ベアトリス様って、シリルのことが好きだったんじゃなかったんですか?」


 私は二人がさっき交わしていた謎の会話が、ライリーさんを呼び出すことを示していたのは理解出来た。


 けれど、ベアトリス様がシリルと結婚することを諦めたら、なぜあのライリーさんが次に狙われることになるの?


 確かにライリーさんも、シリルとは全く方向性が違う女性が好むような美形ではあったけど……。


「……ベアトリスはね。冒険の間ずっと、恋人ならライリー結婚するならシリルって、言ってたんだよな……冒険の間は結婚出来ないし、恋愛期間って思ってたのか、一番に迷惑被っていたのが、さっきのライリー。決定的な言葉を使わずに逃げ回った。結婚向きのシリルと結婚するのが無理だったら、多分次はライリーだろうな。はー、まじ良かった……ベアトリスに、好まれなくて」


 しみじみとそう言ったルーンさんは、別に皮肉のつもりでもなんでもなく、言葉通りに心から思っているようだ。


「えっ……嘘。男性二人ともに、チヤホヤされたかったんですか?」


 ベアトリスさん。すっ……すごい。私には、そんなの希望するのとても無理。


「うん。周り中魔物だらけの中で、ベアトリスに気分を損ねられたら、俺たち回復もろくに出来ずに、あんな感じの魔物と戦うことになるからさ……魔王討伐の旅は命懸けだったよ。文字通りに」


 驚きすぎて言葉も出なくなった私に、シリルはどこを見ているのかわからないくらいに遠い目をしながらそう言った。


 しんみりした雰囲気に何か言わなきゃと思った私は、ずっと肩を抱いていた彼を見上げて言った。


「ねえ……シリルって、結婚向きの人だったの?」


「うん。ベアトリスから見ると、そうだったみたい……けど、俺はちゃんと良い恋人にだってなれるよ! フィオナ相手なら……というか、フィオナ限定で!」


 もしかしたら、ベアトリス様に恋人として付き合うならさっきのライリーさんと言われていたことが心のどこかに引っかかっていたらしいシリルは、慌ててそう言った。


「ふふ。私たちは恋人になるより結婚証明書を出す方が、先だったもの……恋人からよろしくお願いします。シリル」


「うん。ゆっくり距離を縮めよう……うん。そうだよ。まだ、十月間も……あるからね」


 なぜかさっきより遠い目になってしまった夫を、どうしてか不思議になって私は首を傾げた。


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