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17 出来ない

 連れて来られた薄暗い地下の中にある空気は、冷たい。


 やはり私についていた護衛騎士の一人が買収されていたようで、他の二人は捕らえられていた。彼らは無念をにじませるように連れて行かれる私を見ていたけど、味方だと思っていた人に裏切られたなら、不意をつかれても仕方ない。


 私は……今まで、何をしていたんだろう。公爵位を持つシリルと結婚したんだから、公爵夫人としての私の役目を果たすべきだった。


 エミリオ・ヴェルデのたくらみによって、自尊心を折られていた私は婚約前の女性としては落ち込むしかない状況にあった訳だけど、それとこれとは何も関係ない。


 もし、精神的に落ち込んだ自分が女主人としての役目を果たせないと思えば、夫のシリルに相談して代理を立ててもらうべきだった。


 美しいジャスティナのように、誰かに認められたいのにどうしてと、かわいそうな自分をあわれんでいた時間を取り戻したい。今思えば、それにはなんの意味もなかった。


 使用人の管理は、私の仕事だったんだから。たとえシリルが自身の輝かしい功績によって高い爵位を叙爵された公爵だとしても、私は元々生まれながらの貴族で……それなのに。


「……ルーンさん!」


 背の高い人が座って何とか体が入り切るサイズの光る透明な三角すいの中に、私が探していた彼は居た。


 今まででは考えられないくらいに衰弱している様子のルーンさんに、私はエミリオ・ヴェルデに取られていた腕を振りほどいて駆け寄った。


「くそ……俺のせいか。悪い。フィオナ。結界張られて、出られないんだ。どうにかして、シリルのところに帰れ。俺は一人だとしても、大丈夫だから。ベアトリスに俺は殺されない」


 殺されないとキッパリと言い切ったルーンさん。なぜ聖女の名前がここで出てくるかなんて、それはもうどうでも良くて。


「ルーンさん……そんな……けど、そんなに衰弱して……」


 思わず声が、ふるえてしまった。私のせいで、こんなことになってしまうなんて。


 近くで見たルーンさんの顔は、今にも倒れそうだと思うほどに青い。もしかして、閉じ込められる以外にも何かされている?


「そういう条件の結界なんだ……今もベアトリスに、俺の魔力吸われてる。あいつ……国を守る結界に使っている魔力を一部使ってるんだ。だから、この結界を俺が壊せば、国を守っている守護結界にほころびが出来る。そうすれば、強い魔物が入り込む」


「そんな……」


 青い顔をしたルーンさんは淡々とそう言って、強い魔力を持つ彼が結界を、無理やり破壊せずにここに留まっている理由を知った。


「どうだ。フィオナ……瀕死の魔法使いの生死は、お前の決断に掛かっている」


 私はここに連れて来た何もかもの元凶を、にらみつけた。こんなことをするなんて、信じられない。


「何を言い出す。フィオナに手を出すな……俺とシリルを敵に回すのか? 地獄の果てまで、追い掛けるぞ」


 けわしい顔になったルーンさんの言葉を無視して、明るい笑顔を浮かべたエミリオ・ヴェルデは言った。


「君はシリル・ロッソに暴力を受けていたことを訴え、肉体関係のない白い結婚を主張して離婚するんだ……何。僕がすべて、筋書きも用意した。何もかも指示通りにすれば、間違いはないさ」


「……シリルを、巻き込まないで。もし、離婚するなら白い結婚だけで十分でしょう。貴方は私の使用人を何人も買収しているようだから、複数の証言者と私本人の主張で足りるはずよ」


 私の夫のシリルは、本当に優しい人だ。わかりやすい嘘だとしても、そんな汚名を着せる訳にはいかない。


「そうかな? 別に良いよ。君が僕の言う通りにすると言うのなら……だが、その後、すぐに結婚してもらうよ。言っておくが、僕はフィオナと結婚したら絶対に離婚しない。求婚権をめぐって決闘を挑まれても受けない。だから、君は死ぬまで僕のものだ」


「フィオナ! 俺を見捨てろ。こいつらは絶対に俺を殺すことは出来ない。良いから。早く逃げるんだ」


 狭い空間に閉じ込められたルーンさんは必死に訴えてくれるけれど、今まで彼が私に向けてしてくれたことを思い返せば、そんなことが出来るはずもなかった。


 あの始まりの日から、ちょっとしたお酒の場での冗談の責任を取って「本当に大丈夫なのか」と私のことを気にかけて、時間を作っては何度も様子を見に来てくれた。


 もし辛かったら俺と一緒に逃げようとまで言ってくれて、夫のシリルへ勇気を出すきっかけを作り、背中を押してくれた。


 そんなルーンさんを犠牲にすることは、私には出来ない。


「ルーンさん。大丈夫だから……気にしないで。これは……はじめから、私の問題なのよ」


「フィオナ……くそっ」


 彼の言っていた通り。ジャスティナと私が居たとして、全員が彼女を選ぶなんてありえない。だから、周囲から見ればきっとおかしな部分が多かったと思う。


 けれど、あの時の私は「なんでどうして」と、むくわれない我が身を嘆くばかり。


 自分の今いる状況をもっと冷静に判断して、エミリオ・ヴェルデのたくらみに自ら気がつき、お父様に報告するなりすれば、この事態を防ぐことが出来た。感情的になり過ぎて、失敗してしまった。


 もう二度と繰り返さない。


 私が向けたまっすぐな視線が気に入らなかったのか、エミリオ・ヴェルデは不満そうに鼻を鳴らした。


「時間をかけ良い具合に、弱気で自分を卑下するようになっていたのに……まあ、良いか。洗脳をするのは……いくらでもやりようがある」


 エミリオ・ヴェルデは精神的に弱ってしまった私を自分の良いように操作しようとしていたことを、まったく隠さない。


 きっと、彼は自信があるのだと思う。一度自分をなくしそうになっていた私を言いなりにする方法なんて、いくらでもあるんだと。


 けれど、私はもう絶対に屈したりしない。結婚をしてから短い間だったけど、それは夫のシリルが教えてくれた。


 私は誰かに愛されても、その理由を何も疑わなくて良いんだと。


「そうよ。早く離婚させてくれないかしら。だって、その子が居ると私がシリルと結婚出来ないんだもの」


 いきなり甲高い声が奥から聞こえて、私は目を疑った。


「……聖女、ベアトリス様?」


 王にロッソ夫妻に近づくなと厳命されていると聞いていたので、まさか私の前にまた姿を現すなんて思いもしなかった。


 彼女は私が彼女の登場に呆然としていると見てか、美しい顔に心底楽しそうな笑顔を浮かべた。


「あら。そこに居るのは、この前に勇者シリルと結婚したノワール家のお嬢様でなくて? ……とても、偶然ね。私はヴェルデ家に招かれて来たんだけど……貴女が居るなんて、まったく知らなかったわ。接近禁止を命じられていることをヴェルデ家が知らなければ、仕方ないわよね。ただの偶然だもの」


 偶然なんかである訳がないのに、ベアトリス様は無邪気に微笑んでいた。ううん。これで王の追求を切り抜けるから、何も言うなという忠告かしら。


「フィオナ! ベアトリスに俺は殺せない。俺は良いから。早く逃げろ!」


 ルーンさんが立ちあがろうとしたけど、彼の魔力は出した分だけ吸われるのか。三角すいの中で大きな音がして光が跳ねて、彼は険しい顔の眉を寄せた。


「そうね……確かに私には、ルーンは殺せないわ。けど、この結界の中に一生閉じ込めておくことは、出来るの。ルーンは優しいから、自分の自由のために多くの国民を危険に晒すなんて、絶対にしないもの。ふふふ。おあいにく様」


 魔王討伐の旅をしたこの人も、ルーンさんが本当に優しいって、わかっているからこんなこと……本当に、最低な人。


「僕が、フィオナを逃す訳ないじゃないか。何が英雄だ……俺の女を横取りしやがって」


 自分勝手な理屈を吐き捨てるように言ったエミリオ・ヴェルデは、これから何もかも自分の思う通りになると疑ってもないようだった。


 美しい髪をつまらなそうに触っている聖女ベアトリス様は私とシリルを離婚させるという目的さえ果たしてしまえば、何もかもどうでも良いのだろう。


 彼女にとってはシリルを手に入れることが出来れば、国民の命だってどうでも良いことだから。


 皆、勝手なことばかり言う。私の気持ちなんて、誰も気にしてない。どうとでも良いように操作出来ると、軽く見られている。


 昔、何も知らない私は、何もかもを持つ完璧な男性に愛されればそれだけで幸せだろうと、そう思っていた。


 けれど、本当にそうだろうか。


 社交界で人気者で親から見れば理想的な求婚者のエミリオ・ヴェルデと結婚すれば、確かに皆の羨望の的になるだろう。


 けど、それは私の望んでいた幸せなのだろうか。


 たとえ庶民出身の勇者だろうが、不器用でもシリルのようにどれだけ時間をかけてでも良いからと私をわかろうとしてくれて、何か誤解があればごめんねと言い合えるそんな関係を作ってくれる人の方が、私には合っていたみたい。


 確かに、今の状況は絶望的なのかも。


 一度離婚が成立したら、それをくつがえすことは難しい。手回しの良いエミリオ・ヴェルデのことだから、すぐに私と結婚する準備は万端なんだろう。誰が何を言っても、通らないくらいに。


 けど、いつまでも何も出来ずに、怯えたままでなんて終わりたくない。

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