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16 卑劣

 行方不明になってしまったルーンさんの行き先を、今まで徹夜で探していたらしいシリルだけど、今日は彼が考案した作戦の模擬があるとかでとりあえず行ってくると仕事へと出かけて行った。


 ルーンさんは確かに心配だけど、魔王討伐を共に果たしたほどに強い彼ならきっと大丈夫だろうと、彼を信頼しているシリルは思っているのかもしれない。


 けど、私はルーンさんのことが心配で、居ても立ってもいられなかった。


 彼を知る関係者は、心あたりを探しているらしい。


 けど、事件性は今はなくて、身代金目的の誘拐の線も薄いとなれば、国の機関は動かない。やみくもに探しても、意味はないことはわかってはいるけど……それでも、何かとお世話になった彼のために何かしたかった。


 私はとにかく大きな邸の中で、ただ一人安穏として残っていることに耐えられなくなった。


 外出着へと着替えて、前に話していた時にルーンさんが住んでいると聞いた彼の家にまで向かった。


 どんなにかすかな手がかりでも良いから、どうにかして彼に近づきたかった。


「とはいえ……居るはずもないわよね。ここは一番に探しているはずだもの」


 勇者ご一行の魔法使いルーンさんの家は、高級住宅街に位置しているとは言えど、こじんまりとした可愛らしい二階建てだ。


 シリルと同じように彼だって爵位を王から叙爵されているらしいんだけど、貴族院に所属して貴族として生きる気はさらさらないらしい。自由な性格のルーンさんらしい選択だと思う。


 窓からのぞきこんでも、暗い室内は見えない。


 他の人から見たら留守の家の様子をうかがっている不審者でしかないんだけど、ことは時間を争うしそんなことを気にしている場合でもない。


「……そこに居るのは、ロッソ公爵夫人ではないか?」


 暗い室内を何か手がかりがないかと目をこらして見ようとしていた私は、いきなり背後から話しかけられて驚いた。


 こんなところで彼に会うなんて、まったく思っていない人がそこに居たからだ。


「え……お久しぶりです。エミリオ……ヴェルデ様……」


 にこにこと感じの良い笑顔を浮かべるエミリオ様は、力を持つヴェルデ家の嫡男。背が高くて見栄えも良く、結婚前の若い令嬢がこぞって彼の婚約者の座を狙うような、社交界の人気者。そんな人だ。


 私にもあまり話したこともない彼の上辺の姿に憧れていた時が、あった。


 けれど、ジャスティナから彼が私に何をしたかを聞けば、ただただ怖くて……とっさに私は、今すぐここから逃げなきゃいけないと思った。


 え。けど、待って。さっきまで私のすぐ近くに居たロッソ公爵家に仕える護衛騎士たちは……どこに行ってしまったの?


 私を守るためにいたはずの彼らの姿は、今はどこにも見えない。


「……本当に、久しぶりだね。社交期に入り、いきなり結婚したと聞いて驚いたよ。実は僕も君をダンスに、誘うつもりだったから」


 不気味な明るい表情の中の、違和感に気がついた。茶色の目は、まったく笑っていない。


 危険だ。喉が自然と鳴った。いけない。ここから、逃げなきゃ。大きな声を出して、逃げなきゃいけない。


 けど、それをしたら……彼に何をされるの?


「……あのっ……! 私。とても急いでいますので、もうこれで失礼します。申し訳ありません。ヴェルデ様」


 私は急ぎ足で、すぐ近くに停めてあった馬車へと進もうとした。けど、素早く動いたエミリオ・ヴェルデに腕をつかまれて、その力の強さに思わず声をあげた。


「僕がこんなにも時間も手間ひまをかけたというのに、会ったばかりの勇者と結婚しやがって……どうせ、噂通りにしつこい聖女ベアトリスの求婚を断るための口実だろう。状況証拠が揃いすぎている。こっちはもう、わかっているんだよ」


 つかまれた腕の痛みと恐怖で、私は何も言えなかった。悲鳴をあげなきゃ……馬車の御者か、近くに居る誰かが気がついてくれるかも。


 けど、ここで私が声をあげれば、尋常ではない様子に見える彼が、どうなってしまうのか……それが怖い。


 エミリオ・ヴェルデの目には、今までに見たこともない狂気が見えていた。


「……離して。私は夫が居る身です。こんなことが知られれば……貴方も」


「確かに貴族院へと結婚証明書は提出されているようだが、肉体関係のない白い結婚であれば、すぐに婚歴も取り消せるだろう。何。僕のヴェルデ家は歴史ある由緒正しい貴族だ。世界を救ったからと、叙爵したての勇者とは人脈も権力も圧倒的に違う」


 彼の言葉を聞いた私は、全身にふるえが走っていくようだった。


 確かに私とシリルは、夜をともに過ごしてはいない。けれど、それを彼が正当な手段で知っているとは思えない。


「なぜ……」


 驚き唖然として言った私の小さなつぶやきに、彼は苦笑して顔を近づけた。


「雇い立ての使用人には、困ってしまうよ。少々お金を払われたからと、仕えている主人の夜の事情まで簡単に流してしまうとは。僕も注意しなくては……まあ、名ばかりの新興貴族は、信用ある人間を集めるのも大変だから……同情するよ」


 この人……ロッソ邸に雇った使用人から、私たちの情報を買っていたんだ。どうしてあの時に教えてくれたジャスティナの話を聞いて、私は気がつかなかったんだろう。


 求婚しようとする相手を、精神的に追い詰め自分の思いどおりにしようとする人が、簡単に諦めてくれるはずなんてないのに。


 貴族になったばかりのシリルは仕方ないとしても、生来貴族として育てられた私は、こういう時の対処も学んでいるはずだから、今私は何の言い訳も出来ない。


 確かに目の前の人のせいで、精神的にまいっていたことは認めるけど……すべてはロッソ邸の女主人として、使用人を管理出来てない私の責任だった。


「ああ。そうだ。ロッソ公爵夫人。君に会えたら、聞こう聞こうと思っていたことがあるんだけど……」


 絶対に私にとって悪いことだとわかっているのに、これを聞かなければ前に進めない。


 近くに居た三人の護衛騎士は、おそらく彼の手の者に何かされている。もしかしたら、買収されているのかも知れない。私の行き先も、彼らの中の誰かがもらしたのかもしれない。


 主人の私がこんな状態にあるのに出てこないなんて、おかしいもの。


 覚悟を決めた私は、近くに居るエミリオ・ヴェルデを見つめ聞いた。


「何かしら。貴方と私は、何の関係もないはずだけど」


「っ……よくも。いいや。もしかして、ロッソ公爵夫人の知人が、行方不明になっていないかと思ってね。彼の情報は、欲しくないか?」


 一瞬笑顔がくずれ怒りの表情を見せた彼は、その言葉を言った後の私の様子を見て満足げな顔になった。


 ああ……ルーンさん。貴方が居なくなったのも、私のせいだったのね。


「……なぜ、ルーンさんのことを知っているの?」


 答えはわかっていたとしても、どうしても聞いてしまった。だって、これって、全部私の。


「フィオナ。君はもっと、頭が良いのかと思っていたよ。口の軽い使用人は、君と彼は仲良くなっているようだと話していたよ。夫の留守中に訪ねてくる夫の友人とも、仲良くなっているのか……今までの僕の苦労が何もかも、水の泡だ」


 前にジャスティナが教えてくれた通り、このエミリオ・ヴェルデが今まで私に男性が近づかないように裏工作をしていたんだ。


 今まで悩んだ長い長い時間、今までの消えてしまいたいとまで思ったみじめな気持ち。それを思えば、心の中は怒りで燃えつくようだった。


 けれど、今は捕らわれてしまっているルーンさんがどうなっているかが、心配だった。


 私の問題なんて後で良いから、それを早く解決しないといけない。


 歴代一位とも言われていた魔力のある彼ほどの人を、どうやって捕らえたのかも……私をあれだけさまざまな手段で追いつめたエミリオ・ヴェルデのことだもの。


 きっと卑劣な真似をしたに、決まっている。


「……聞きます。腕を離して。声をあげたりしない。逃げたりもしないわ」


 私が毅然としてそう言えば、事態を察しておびえて泣くとでも思っていたのか。つまらなそうに鼻を鳴らしたエミリオ・ヴェルデは頷いて腕を離した。


「では、僕に大人しく付いてこい」

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