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11 親友

 私は空が飛べるルーンさんに、玄関前に降ろして貰った。彼にお礼を言ってから、玄関ホールに入ると私を探して居たらしい執事とすれ違った。


 奥様と呼ばれたけど、一言謝ってからとりあえず来客室へと急いだ。彼の要件は明白だったから。


 もし私が居ないのなら、ロッソ公爵家では客人を迎え入れるのはシリルになる。だから、今来ているはずのジャスティナの相手だって、彼がしているだろう。


 元よりジャスティナが用があるのは私ではなくて……シリルなのだから。


 最低限の礼儀であるノックも忘れて、私は来客室の扉を慌てて大きく開き、そこに見えた光景を見て固まった。


 背の高いシリルは何故か立って居るんだけど、ジャスティナも彼を追うように立って居て……? 状況が良くわからないけど、勢いでここまで来た私はとにかくシリルの元に駆け寄った。


「……フィオナ?」


 固い表情で振り向いたシリルは、私がいきなり自分の腕を掴んだので驚いているようだった。ジャスティナは、彼にすがるように手を出していた。


 それを見て、一気に頭に血がのぼってしまった。


「っ……ジャスティナ。シリルは、私の夫なの。聖女さまのことが上手く片付いたら離れると思うけど……それまで、私がシリルと一緒に居たいの。彼のことを、取らないで!」


 そして、二人とも私がこうなるだろうと思っていたのと、まったく違った表情を浮かべた。


 シリルは嬉しそうにデレッとして照れた顔になったし、ジャスティナは……困ってる……? なんで?


「ああ。フィオナ。何をどう勘違いしているか知らないが、俺は君とずっと居るよ。そして、間違っても妻の親友などに、そんな気は起こすはずがない。可愛い。ただ二人で居ただけで、そんな良くわからない誤解をするなんて。俺のことを、好きなんだね。フィオナ」


 顔を赤くしたシリルは人前だというのにも関わらず抱きしめようとしたから、私は両手を伸ばしてそれを防いだ。


「えっ……待って。待って……あの、私ってもしかして……」


「ええ。とても、大きな誤解をしているわ。フィオナ……落ち着いて。私は貴女の今までの状況を、夫である彼に説明したかっただけなの。私……もう、本当に……最低だわ。ごめんなさい。フィオナ」


 なぜか顔をうつむかせて謝るジャスティナは、いつも私のそばに居る快活な彼女ではなかった。つらそうに顔を歪め、今にも泣き出しそうだ。


「えっ……ジャスティナ。何があったの?」


 私は彼女に駆け寄ろうとした。だって、彼女は私の親友で……とても大切な人だから。


 だけど、優しくだけど強引にシリルに肩を引かれて、私は彼の背後にあったソファですぐ隣に座らされた。


「……ああ。良いよ。仕方ない……俺も一緒に、くわしく聞いておこう。親友のはずの君とエミリオ・ヴェルデがたくらんでいたという、フィオナへの間違った求婚の方法について」


「……え?」


 思わぬ言葉を聞いて、私は驚いた。


 ジャスティナは険のある彼の言葉に眉を寄せたけど、息をついてから話し始めた。


「フィオナ。ごめんなさい。もしかしたら、もう許して貰えないかもしれないけど……私は貴女が社交界で人気のあるエミリオ様に憧れていたことを知っていたから、彼に橋渡しを頼まれた時もこころよく引き受けたのよ。けれど、彼はプライドが高い人で、フィオナ本人も求婚者が現れないと悩んでいることを知りつつも、なかなか誘うことが出来なかったの」


 ここまでは、私も知っていることだ。


 けれど、橋渡しは失敗してしまったとは言え、エミリオ様本人が私へ声を掛けないのでは彼女もどうしようもない。ジャスティナが謝る要素がどこにあるかわからない私は、首を傾げるしかなかった。


「あのね。フィオナ。俺たちが出会った時に、君はデビューして一年経っても、誰にも声を掛けて貰えないから、俺に結婚を焦っていると言っていたよね? 縁談もないと」


「……? ええ。そうです。だから、私は……その」


「違うの! 違うの。フィオナ……それは、違うのよ」


 私の言葉をさえぎるようにして、ジャスティナは悲鳴のように高い声で叫んだ。礼儀正しい模範的な令嬢の彼女がこんな無作法なことをするなんて、とても珍しい。


「それは、エミリオ様なの。ヴェルデ家は社交界全体に、影響力を持っているから。貴女に他の求婚者が近寄らないように、年齢の釣り合う男性は、皆根回しされていたのよ……」


「え……?」


 私はジャスティナが言ったことを理解するのに、かなり時間を使ったと思う。二人は黙ったままだったし、私の言葉を待っていたと思う。


 けれど、上手く理解出来ない。


 確かにジャスティナと私が二人並んで居ても、彼女がダンスを踊って欲しいと声を掛けられるのを良かったわねと見送るだけだった。何人かの紳士に囲まれても、褒められるのはいつも隣に居る彼女ばかりで……そんな。


「なるほどね……こんなにも可愛らしく性格の良いフィオナが、すっかり自分に自信をなくして結婚している俺にも言いたいことも言えずに一線を引いている理由がわかった。その良くわからないプライドのかたまりの男は、時間をかけて自分の価値を高めたかったんだろう。自信喪失させた後に、言い寄る自分だけを見ろという訳か。ならば、フィオナは救い出した自分に従順になり、逆らうこともしなくなる……救いがたいほどのゴミだな」


 シリルは心底不快そうに、そう言った。ジャスティナもそれを聞いて顔をゆがめたということは、彼女だって薄々そのことに気がついていたのかもしれない。


「……ごめんなさい。私はエミリオ様から、すぐにフィオナに声を掛けると聞いていたの。けれど、一向に声を掛けないから。かなり前から、何かおかしいと気がついていた。フィオナが悩んでいると彼に言ってものらりくらりと話をすり替えるばかりで……おかしいと思っていたのに、ここまでしてもらえるならフィオナは幸せになるはずと……そう、自分に言い聞かせていたわ」


「悪いけど。どう言い逃れようが……君も同罪だよ。こんなに君を純粋に信じている親友を、悪党に売るつもりだったのか? フィオナは頭も良く、自分のことは自分で考えられる女性だ。せめて、怪しいと思った段階で状況を知らせて本人に判断させるべきだったと俺は思うよ」


 私の体に沿うように左腕を回しているシリルは、私の体をぎゅっと自分に近づけるようにした。声は淡々としていたけど、彼がジャスティナに対し本当に怒りを感じているのがわかった。


 そして、私は先ほど彼らが立って居た理由を察した。


 きっと、こんな事情を知ったシリルは怒ってジャスティナに帰って貰おうとしたのかもしれない。


「……フィオナが結婚したと聞いて、エミリオ様は豹変して……そして、ようやく気がついたのよ。彼の横暴を……私は、二人は両思いなんだから、おかしいと思っていてもきっと上手くいくと言い聞かせて……自分の犯した間違いから、目を逸らそうとしたの。本当にごめんなさい」


 私の憧れていた親友ジャスティナ・エリュトルンは、なんだか私の思っていた人ではなかったのかもしれない。


 ……いいえ。彼女だって……気がついていたのかもしれない。言い寄る男性多数の彼女に対して、隣でなんでもない笑顔を浮かべてきた私が抱いていた劣等感を。


「ジャスティナ……私。今は謝られても、許せないと思う」


 私はなるべく、言葉に感情をのせないようにした。


 多分、ジャスティナは私に懺悔したかったんだと思う。何もかも上手くいってエミリオ様と私が結婚すれば、彼女の罪はなかったことになっていたのかもしれない。


 けれど、妻となる人の自尊心を今の私のようにしてしまう人と結婚して、本当に幸せになると思っていた?


「ジャスティナ。私……社交界デビューしてから、ずっとつらかったの。貴女には何人もダンスに誘ってくれる人が居たけど、私には誰も。貴女を褒めてくれる人は居るけど、私を褒めてくれる人は一人も居なかったわ」


「ああ……フィオナ。ごめんなさい。私、貴女がうらやましかったの。エミリオ様は貴女のことを、本当に……」


 ジャスティナが、私を羨ましかった? ただ一人でダンスを踊るカップルを見ているだけの、壁の花だった私が?


 シリルが私の方を見たので、私も彼の方を見た。強い眼差しで言葉はなかったけど「自分が一緒に居る」とそう言ってくれたような気がした。


 私は大きく息を吐いた。


 ここで彼女に罵詈雑言を投げつけたところで、絶対に後悔するだろう。私にはシリルが居るし……ロッソ公爵夫人として、冷静に対処すべきだった。


「ジャスティナ。これ以上、何も聞きたくない……もう、聞きたくないわ。ごめんなさい。私、今日は冷静に話せそうもないから……帰ってもらっても良い?」

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