第73話 樹里との再会
俺達が『アトラ村』まで到り着いた時、村の様子は様変わりしていた。
……勿論俺は以前の村の様子は知らない。しかし、一目見てそう思えるほどに、この村の状態は酷かった。
幾つかの家屋は倒壊し、人が住める状態ではなくなっていた。
それもただ倒壊したのではなく、あちこちに焼け焦げた後が見られる。
沙織達が攻め入った時か、或いはそれ以前のゴブリンに襲われた時に、火をつけられたのかもしれない。
その点で言えば、俺達が向かった『ナクト村』は大分綺麗な状態のまま残っていた。
俺達が村に辿り着いた後は、部隊Bの連中とろくに話す機会もなく、村の土木作業をさせられていた。
主に村の周囲を囲うように、土壁と堀を作る作業だ。
ここでは、元々農業と土木作業用に開発されたマンサクも、活躍を見せている。
「大地さん……」
そんな土木作業の今日の分の作業が終了し、ようやく自由行動が取れるようになると、早速沙織が俺の元までやってきた。
「よお沙織、元気そうで何より」
「私は……そうですね。でも他の方は……」
合流してすぐに作業に入ったからハッキリとは分かり辛かったけど、さっき全員が脱装した時に気づいた。
部隊Bの連中も、部隊Cの奴らと同じように大分精神的にキテるという事を。
「そうか。ウチでも、あのチャラ男がらしくない行動をする位には、取り乱していた。根本の奴も……まあ、今は大分マシにはなったか」
「そうですか……」
「……そっちはどうだったんだ?」
「私は先ほど言いました通り、他の方に比べたらまだ大丈夫だと思います。笹井……さんも今は少し落ち着いてきています」
「今は? つまり少し前まではそうではなかったという事だな?」
さっきまで行っていた土木作業の間、樹里の魔甲機装の姿が見えなかった。
樹里だけでなく、他にも二、三人分の魔甲機装も一緒だ。
うちの部隊で一番精神がやられてた奴がその中に含まれているので、多分使い物にならない奴は作業に参加させていなかったんだろう。
部隊Bも死者は出なかったとの事なので、そういう意味で姿が見えない訳ではない。
「……はい」
「当日に一体何があったんだ?」
「あの日……、私は笹井さんと一緒に村のゴブリンを倒しに向かったのですが、ゴブリンが村人の方を人質に取ってきまして……」
「それはうちも同じだな。それで、酷い光景を見た樹里は、酷く落ち込んでしまったという訳か」
「……まだ小さな子供だったんです」
「…………」
「必死に助けを求めていたその子供は、私達の目の前で首を切られました。それを見た笹井さんは我を忘れてしまったんです」
「我を……忘れた?」
目の前で酷い光景を見てしまい、落ち込んでしまった根本のパターンとは違うのか?
「はい。それから笹井さんは、武装で呼び出した炎の剣を振り回し、ゴブリン達に次々襲い掛かりました」
「そいつぁ、また随分と勇ましいな」
「勇ましいと言いますか、多分あの時の笹井さんにはゴブリン以外が見えていなかったんだと思います。魔法なども使用して、器用にゴブリンだけを狙ってはいたようなんですが、それでも巻き込まれた村人の方もいて……」
その辺は俺も同じようなもんだな。
だが、鋼鉄の心になってしまった俺と樹里とでは、その後落ち着いた後に受ける精神的なダメージに大きな違いがある。
「それで今日の作業にも参加させられない位に、精神的に疲弊してしまったのか?」
「本人は大丈夫だと言っていたのですが、私から無理を言って、もう少し休ませる事にしたんです」
「そうか。今どこにいるんだ?」
「村の建物の方に。案内致します」
「頼む」
俺は沙織に案内されて村の中を練り歩く。
……そうか。全てが全てではないかもしれんが、家屋などが焼け焦げていたのも、樹里が暴れたせいなのかもしれんな。
「こちらです」
「ここは……?」
「亡くなってしまった村人の家をお借りしているんです」
家の中に入ると、樹里以外にも姿が見えなかった奴らも一堂に会していた。
俺達が家の中に入ってきたと言うのに、誰一人視線すら動かすこともない。
その中では、確かに本人が大丈夫だと申請する位には、樹里は比較的問題なさそうに見える。
「……いよう樹里」
「大地……」
それっきり、互いに次の言葉が出て来ず沈黙の時が訪れる。
部屋にいる他の連中も、元々一言も口を利いていないので静かなものだ。
「その……、外に出ても大丈夫か?」
「大丈夫よ。作業だってあたしも出れるって言ったのに一色が……」
「そうか。だったら外で話さないか?」
「うん、分かった」
俺は辛気臭い空気が漂うこの家から樹里を連れ出し、沙織と共に人気のない場所まで移動する。
「樹里、大まかな話は沙織から聞いた。お前は……その……」
「……あたしね。あの時は頭に血が上ってたんだけど、自分がやった事はハッキリ覚えてんの。出来るだけ魔法で助けようとしたんだけど、あたしが余計な事をしたせいで死んでいった村の人もいたわ」
「それは、俺も同じだ。だが、俺は結局そうする事で村人の犠牲を最小限に抑えられたと思っている」
「そう……ね。そうかも……しれない。でも、あたしはあの時そんな事は一切考えてなかった。ただ、無造作にあの子の首を落としたゴブリンが憎くて……憎くてたまらなかった」
樹里の口調はどこか単調で、必死に何かを抑え込むような感じがしている。
その「何か」が決壊してしまったら、大きな声で泣き喚くのではないか。
そんな事を思いながら、樹里の話を聞いていく。
「魔法だって、あんな状態でまともに制御できる訳ないのよ。そのせいで、村人を巻き込んで……」
「後悔しているのか?」
「後悔……というより、自分が本当はたいしたもんじゃないって事が良く分かったわ」
「それは決して悪い事ではないと思うぞ」
「そう……なのかな? あたしって、小さいころから回りの人に神童だとか言われて育てられたのよ。実際日本にいた頃は、若くして屈指の実力者と呼ばれるまでになっていたわ」
確かにルーベンスにトドメを刺した魔法は大したもんだったな。
この世界でもキケンな魔物と言われてる奴を仕留めたんだから、こちらでもかなり有数の魔術士に入るんじゃないか?
「でも、結局あたし一人の力なんて大したことはなかった。日本にいた時だって、結局銃とか持った人に集団で襲われたらどうしようもなかったしね」
「それはそうだろ。人間一人の力なんてそんなもんだ」
「うん……」
「だから人は寄り添うんだろ? 樹里もつらい事、一人では抱えきれない、対処できない事があったら、周りを頼ってみろ」
「……うん、分かった。そうしてみる」
そう言うと、樹里はトコトコと歩いてきて俺に抱き着いてくる。
普段であればここで沙織から物言いが入る所だったが、それも今回に限ってはない。
樹里の体が震えている事に気づいていたからだろう。
結局樹里は、弾けたように泣き喚いたりすることなく、静かに俺の胸の中で涙を流すだけに留まった。
樹里の胸の中にあった激しい何かは、ゴブリン戦の時にほとんど出し尽くしてしまったのかもしれない。
樹里を優しく受け止めていた俺は、ふと空を見上げてみた。
陽が落ち始め、茜色に染まり始めた空は、いつもと変わらないように見える。
俺達は夕日に照らされる中、しばしその場で佇むのだった……。




