第72話 闘いの傷跡
すでに村の各地から聞こえて来た戦闘音は、殆ど聞こえなくなってきている。
そうした中、唯一まだ音の聞こえてくる方へと向かうと、そこではチャラ男のコゥガァーボーシュがゴブリンと一騎打ちをしている所だった。
近くには根本のティーガータンゾーも控えている。
きっと、俺が最初にわき目を振らず民家の方に突っ込んでいったので、代わりにチャラ男についていって安全を確保したんだろう。
戦っているゴブリンは、俺が倒した奴とはまた違う上位クラスのゴブリンのようで、身体性能だけみるとこちらの方が上だった。
だが、それはこちら側も同様だ。
なんせチャラ男はあれでも最強クラスのコゥガーの使い手だからな。
……という割になかなか決着がつかないのは、チャラ男がわざとトドメを刺さないでいるせいだ。
普段のチャライ様子とは違い、相手のゴブリンをわざと痛めつけるようにしてなぶり殺している。
確かに少し問題のある性格はしていたが、ちょっと今回のはベクトルが違うぞ。
「根本、あれは一体どうしちまったんだ?」
俺はチャラ男の後ろで闘いの様子を見ていた根本の所まで移動し、らしくない事をしてるチャラ男について尋ねる。
「ああ、大地さん……。アレ、ですよ……」
根本の指差した方を見ると、そこには村人の……それも若い女性の死体があった。
それも見た所、死の直前までゴブリンに乱暴されていたらしい。
「ええとですね、人質に最初を取られてしまって……。それで酷い目にあの女性が……。その後に飛び込んで行った細田さんが……」
根本もまだ平静ではないようで、日本語が少しおかしくなっている部分はあったが、大まかな流れは理解出来た。
広場で行われていたのと同じことが、ここでも行われていたんだろう。
「そうか。それでお前はここで高見の見物をしていたのか」
「は、ははは……。一応、そこのゴブリンを少しやった……んですけどね」
この場には村人の死体だけでなく、ゴブリンの死体も幾つかあった。
恐らくそのどれかが根本が殺したゴブリンなんだろう。
「大地さんの方は……どうだったんですか?」
根本の声は若干震えていて、まるで話していないと落ち着かないといった様子だ。
そんな震える唇で、沈黙を嫌うかのように俺に話しかけてくる。
「ああ、俺の方はバッチリだ。上位種らしきゴブリン一匹と、ノーマルゴブリンを二十匹近くはやったぞ」
「流石……ですね」
会話をしている俺達の視線の先では、ようやくゴブリンにトドメをさしたチャラ男が、一人硬直したかのように佇んだままだ。
「終わったようだぞ」
「……のようですね。ちょっと行ってきます」
いつもチャライ態度をしていたチャラ男でも、今回は何か思う事でもあるんだろか。
この様子だと他の部隊がどうなっているのか、見なくても想像が出来る。
確かに死体……それも酷く損壊したようなものを見る機会は、日本で暮らしていたらあまりないことだ。
それも恐らく死ぬ前の段階からの残虐行為を見せられたのだから、トラウマになる奴も出てきそうだ。
これまで結構丁寧にステップアップしていったのに、急にこんな事をさせられたら、脱落者が出てくるかもしれない。
そうなると、また奴らお得意の"矯正"とやらが施されるんだろう。
「……樹里がちょっと心配だな」
沙織の方は恐らくは大丈夫だと思う。
彼女は芯が強い女性だからな。
しかし、樹里は……。
こうして、俺達の初陣は幕を閉じた。
俺達の人的被害はゼロで、村にいたゴブリンはほぼ全てが打ち取られた。
一部村の外へと逃げ出したゴブリンも、教官たちがキッチリ仕留めていたようだ。
だが、日本人たちの精神的なダメージはかなり大きかったようだ。
合流した教官たちも、そんな俺達に対して何か言うでもなく、淡々と今後の指示を出していく。
村から逃げ出した村人や、生きたまま捕らわれていた村人が何人もいるのだ。
この村には八十人以上の村人が暮らしていたようだが、生き残ったのはその半数以下だ。
恐らく最初から教官たちは、「その後」の事についても指示を受けていたのだろう。
生き残った村人たちには、教官がこの村を放棄するようにと伝える。そして俺達が『アトラ村』へと護衛しながら連れていく事になった。
『アトラ村』は、三つの村の中では一番内側……人間国寄りにある村で、部隊Bの沙織達が向かった村だ。
この教官の指示に、村人たちは面従腹背といった様子だ。
事前に聞いた話だと、彼らはこの地に入植してからそれほど年月が経っていない。
必死に土地を耕し、ようやくまともに暮らせるようになったというのに、それを捨てろと言われたらそうした態度になるのも仕方ない。
「…………」
俺達はそうした村人の視線を受けながら、彼らが持ち出したいと思っている荷物を、背負い籠へと収納していく。
衣服や家具、食料など、農民が持ち出したいと思う荷物はそれなりに多い。
……そうか。
だから一つの部隊に四つも背負い籠を持たせてきたのか。
俺達の食料とかだけなら、そこまで背負い籠は必要なかった。
こうなる事を最初から想定していたんだろう。
『う、ううぅ……』
『ルミナ……おおおおぉぉぉ…………』
俺達が荷物を運んだりしている間、村人は亡くなった同胞を広場に集め、まとめて荼毘に付していた。
この世界……というよりこの『ノスピネル王国』では、街などの人口の多い場所では火葬が多いが、このような農村では土葬が一般的らしい。
その事もあってか、愛しい人、親しい人が燃えていく様子を見て、涙する村人も多い。
そんな村人の中には、ただ悲嘆にくれるだけではなく、やり場のない憤りに身を焦がしている人々もいた。
その内の一人が、たまたま近くを歩いていた男……根本に、深い悲しみと憎しみの炎を瞳に湛えて詰め寄る。
『お前達がっ、お前たちが余計な事をしたから、リーシアが……リーシアが殺されてしまったんだ! 彼女はゴブリンに村が襲われた後も、まだ生きていたんだ! それなのに、それなのに……ッッ!!』
言葉が通じない根本には、彼が何を言っているのかは理解できていないだろう。
けど、どういった感情をぶつけられているかは根本にも通じたハズだ。
「…………じゃねえか」
吐き捨てられるように出された根本の言葉は、俺の聴覚でもハッキリ聞き取る事は出来なかった。
ただ終わりの方だけは微かに聞こえたので、いつもの丁寧口調ではなく、ぶっきらぼうな口調だった事だけは分かった。
「…………」
根本に声を掛けるべきか迷った俺は、結局そのままにしておくことにした。
先ほど根本に詰め寄っていた村人も、他の村人に窘められて引き下がっていく。
それからも黙々と作業は続けられる。
人体を燃やした時に発生する嫌な臭いが村中に広がっていく中、俺達は積み荷いっぱいまで、背負い籠に荷物を積み込み終わった。
それから、俺達は別れを惜しむ村人たちと共に、『ナクト』村を後にする。
誰もが押し黙り、会話の一つもないまま歩き続けるその様は、さながら死人たちが行進しているかのようだ。
村人たちを連れ、俺達はその後二日かけて隣村である『アトラ村』に到着する。
そこで俺は二日ぶりに、樹里と沙織の二人と再会するのだった。




