第71話 実戦
俺達が正面からばらけつつ村に入ると、あちこちの建物からは続々とゴブリンが姿を現わしてくる。
その手には、金属製の粗末な武器が握られているが、あれではいくら攻撃しても魔甲機装の表面を傷付けるくらいが精一杯だろう。
【ニンゲンだ、ニンゲンがセメテきたぞ!】
【テツニンギョウがナンタイもいる!】
【オキロ! オキロ!】
いつぞやの儀式の際に、ゴブリンが話していた言語は習得してあったので、奴らが慌てた様子で叫んでいる言葉も俺には理解出来た。
ゴブリンの使う言語はどうも語彙が少ないようで、日本語を少しだけ覚えた外国人のような、ぎこちなさがある。
俺はとりあえず近くにあった民家へ近寄り、そこから出て来たゴブリン共を一網打尽にする。
武装するまでもなく、魔甲機装にはゴブリン程度なら無手でも十分戦える能力がある。
最弱とされるキガータマンサクでこれなら、他の連中はさぞ余裕だろう。
俺は自身の内部センサーで建物の中にもう誰もいない事を確認し、別の場所へと移動する。
その途中で他の連中が戦闘をしている様子が見えた。
動きの鈍い奴も混じってはいたが、今のところ教本通りに戦えているらしい。
実際に生身で相手するよりも、着装状態で戦ったほうが心理的負担が少ないのかもしれない。
俺はそれからゴブリンの集団を更にもうひとつ潰し、他の連中の様子を見ようと村の中心部の方へと向かう。
そこはちょっとした広場になっているようで、普段ならそこで村人が会話したり、祭りの時には賑やかに踊ったりするような場所なんだろう。
しかし、今はゴブリンの死体と人間の死体が野ざらしにされており、とても祭りなどと言える状態ではなかった。
「あれは……」
その広場では、三体の魔甲機装とゴブリンの集団が向かい合っているのだが、その状態のまま闘いに発展していない。
そして俺が駆けつける前に、ゴブリンどもが手にしていた小さな壺を、魔甲機装へと投げつける。
【ヨシ、ハナテ!】
それから火矢を構えたゴブリン達が、魔甲機装へ向けて放ち始める。
「チッ……」
俺はゴブリンの元に突っ込んで行こうとするのやめ、飛んできた火矢と呆けてる連中との間に入って攻撃を防ぐ。
「お前達、何をしてる!?」
「う、ううぅぅ……。だ、だって……あの人達が……」
俺が尋ねると、大分感情的になっている女性の声が返ってきた。
あの人達というのが何を指すのかは、この場を見ればすぐに分かる。
ゴブリン達の近くには何人もの人間の死体が転がっており、それらはどれも死後間もないものだった。
更には、まだ生きた状態の人間もゴブリンの傍に何人か用意されており、ゴブリン達は彼らに武器を突き付けた状態だ。
日本人の彼女には分からないだろうが、現地の言葉で必死に助けを求める声を上げている。……というより、上げさせられている。
刃物でジワジワと体を傷付けたり、女を犯したり。
未だ日本での暮らしが抜け切れていない日本人には、それはさながら地獄の光景のように見えた事だろう。
「お前らがそうやってウジウジしてる間にも、犠牲者は増えていく。俺達は神様でもなんでもない。守れる人の数には限界がある。俺の言葉が理解できたら、さっさと任務に戻れ」
俺はそう言いながら、無造作にゴブリンの群れへと突っ込んでいく。
数はおよそ二十。
一体だけ他のゴブリンより体格の良い奴がいる。
あれはただのゴブリンではなくて、ホブゴブリンなどの上位クラスかもしれない。
しかし俺は気にせずゴブリンを蹂躙していく。
中には村人を盾にする奴もいたが、俺は器用にゴブリンだけを狙って攻撃を続ける。
……この動きは他の奴らには真似できんか。
そうなると、人質を取られて動けなくなってしまった連中が相手していたら、犠牲者の数は更に増えた事だろう。
俺でもさっき咄嗟にゴブリンが身代わりにした村人に、攻撃が当たってしまっていた。
あれは……恐らく助からんだろうな。
こんな調子で次々村人を巻き込んでしまったら、あそこで突っ立ったままの三人の心は、ポッキリと折れちゃうんじゃないか?
ゴブリン達が戦闘の際にこうした行動を取るというのは、座学の時間に教わっていた。
だけど、やっぱり本当の意味で理解してはいなかったんだろう。
かくいう俺は……、見てのとおり普通に戦えている。
これが他の奴らと同じように、特殊な経験をせず、普通に暮らしていた頃に召喚されていたら、どうなっていただろう?
……今となってはそれも分からない。
ただ、今の俺は戦いに気分が高揚するでもなく、奴らのように非日常的な光景に足が震えるでもなく、ただ淡々とゴブリンを屠っている。
人質に取っていた村人が、ゴブリンの手によって殺されていく様子を遠目に見ながらも、着実に近くにいるゴブリンの息の根を止めていく。
俺は火星人に体を改造されてしまったが、もしかしたら心まで改造されてしまったのかもしれない。
魔法などといった力すら扱う奴らの技術力なら、それも不可能ではないように思える。
【ギギギ、キサマ! ヨクモ、ドウホウを!】
気づけば、ノーマルゴブリンは全て肉塊へと変じており、残るは少し体格の大きいゴブリンだけだ。
そいつは明らかに他のゴブリンより動きが早く、手にした斧による破壊力はそれなりのものがありそうだった。
しかし、相手が悪すぎた。
そいつは上位クラスとはいっても、恐らくノーマルゴブリンの一つ上程度の奴なんだろう。
特殊な技術を使うまでもなく、魔甲機装のパワーとスピードですぐに他の連中と同じ場所へと送ってやる事が出来た。
『ああ、魔甲騎士様。あぶない所をありがとうございますだ……』
生き残った村人がお礼の言葉を述べてくるが、俺は一応現地語は分からないという事になっているので、安全な村の入口の方を指差して避難するようにジェスチャーで伝える。
『入口まで逃げろ、という事ございますか? しかし、あの屋敷の中にはまだ他にも村人が捕らわれておりまして……』
村人のオッサンが指を指す方向には、他よりも大き目な家というか倉庫のようなものがあった。
確かにセンサーで確認してみると、明らかにゴブリンではない反応が幾つも見られる。
「コクコク……、クイクイッ……」
俺はオッサンにどうにかジェスチャーで「いいからお前らは逃げろ。あっちは俺に任せろ」という事を伝え…………られたかどうかは分からんが、オッサンが指差した建物へと向かう事で意志を示す。
これでこちらの意図は察してくれるだろう。
建物までは、徒歩だと少し歩くことになるだろうが、魔甲機装だとすぐだ。
辺りにはゴブリンの姿が見当たらず、閑散としている。
村から少し離れた場所にあるこの建物は、畑が近い事から収穫した者を保管する倉庫かなにかなのかもしれない。
建物の中にはゴブリンの反応はなく、人間の生体反応が十数。
って、着装状態だと中に入って助けにもいけんな。
教官からは、戦闘中はどんな事があっても脱装をするなと教わっている。
そしてこういった村の奪還、占領任務などでは、村人の命よりも敵の殲滅が最優先とされている。
奴らが徹底的に人間を盾にしたりするので、それで怯んでいては、いいようにやられるだけになってしまうからだ。
……そうだな。ここは奴らに任せるとするか。
俺は先ほどの広場の所まで戻ると、まだその場でボーっと突っ立っていた三体の魔甲機装の中の連中に声を掛ける。
「おい、お前達まだここにいたのか。なら丁度いい。あっちにある、あの大きい建物。あの建物の中にはまだ村人が何人かいるらしい。守ってやってくれないか?」
「…………」
「………………」
こりゃあダメか?
周囲を見渡すと、さっきの村人のオッサンたちは村の入口へ逃げたようで、姿が見当たらない。
こいつらはオッサンたちが逃げている間も、ここで呆けていた訳か。
「俺はこれから村のあちこちを回って、戦況を確認してくる。お前らがあの倉庫にいる村人を助けなければ、そこに横たわってる連中と同じ目に会うかもな」
結局俺はそれ以上説得する事をやめ、三人に伝えた言葉どおり、村の中を見回る事にした。




