第70話 朝駆け
食事を終えた俺達は、当初の予定どおり三つの部隊に分かれて移動を再開する。
それから二時間ほど移動した所で、川が見えて来た。
するとそこでマンサクタイプの指導教官でもあるシュフ教官が、進軍停止を言い渡す。
「ここから村までは、川を上っていってすぐの場所にある。魔甲機装の足で十数分といった所だろう。よって、今日はここで野営を行う」
シュフ教官の指示によって、簡易的な野営地が設営されていく。
とはいっても、敵に占領された村が近くにあるので火を使う訳にはいかない。
地面にある石ころなどを取り除いて、寝るためのスペースの確保。
それから簡易的なテントが一つ張られる。
教官たちが寝る為のテントではあるが、女性陣が布で体を拭う時などにも使用される。
前世界でも初の女性レンジャー隊員が誕生したりなど、女性兵士でも前線で活動する者はいた。
だがこの世界では魔法やプラーナなどの力があるので、軍人の女性比率はこちらの世界の方が高い。
「作戦決行は明日の朝みたいですね」
「ああ。根本も習っただろ? 魔族には夜行性……というか、夜でも苦にしない連中が多いって」
「かくいう我々は、夜の闇の中ではろくに辺りを見渡せませんからね」
「そういう事だ」
俺達はなにも体を動かす訓練だけでなく、座学もきちんと教わっている。
ゴブリンの強さ……は実際に儀式で戦わされたが、他にもゴブリンの上位クラスの能力や傾向。
奴らが俺達魔甲機装を相手に、どのような攻撃をしてくるかの具体例や、想定されえる行動だとか。
そう言った事は一応きっちり教わっている。
ただ……、俺が見た所、その授業をリアルに結び付けている奴は少ない印象だった。
まるでゲームの攻略法を聞いているかのような……そういったムードのように俺には感じられていた。
「まっ、今回の初陣で、これまで教わった事を思い出せればいいんだが」
「僕は真面目に座学の授業を受けていたつもりですけど、不安は不安ですね」
根本の奴は臆病……というよりも、自分の生命を守るためなら何でもするといった意思が感じられる。
やたらと俺や沙織達にひっついてくるのも、恐らくはその一環なんだと思う。
少し早い夕食は、火を通さなくてもいい干し肉やパン。それとすんげー硬いクッキーのようなもので、味はまあ食えなくもないといった感じだ。
恐らくは味よりも、携帯性や保存性が重視されているんだろう。
「さあ、食事が終わったらしっかりと眠って明日に備えるように!」
そう言ってシュフ教官はテントへと入っていく。
夜の間は交代で宿直を立てるので、まだ眠気が訪れない奴らもとにかく横になって、無理矢理にでも眠ろうとする。
しかし初めての実戦前夜とあって、目が冴えて眠れない奴も多そうだ。
だが中には例外もいる。
「ギリギリギリッ……。ギーリギーリギリギリ……」
「…………」
俺はアイテムボックスから藁を取り出す。
「んぐあああ……。はぐっはぐっ……」
……これで眠れなかった奴らも少しは寝やすい環境になっただろう。
おやすみなさい。
そして翌朝。
例の如く権助どんが何か言っていたようだが、皆はそれどころではないようで、奴らの緊張が俺にまで伝わってくるかのようだ。
「お前達、準備はいいか? これより我々は、ゴブリンに占領された『ナクト村』まで進軍を開始する。なあに、授業で教えた通り、通常のゴブリンが我ら魔甲機装に出来ることなどたかが知れている。緊張するなというのは無理かもしれんが、出来るだけ落ち着いて行動してくれ」
出陣前の最後の教訓が、シュフ教官より告げられる。
教官の言うように、ノーマル種のゴブリンは普通に生身の状態でも倒せる程度の相手だ。
上位クラスのホブゴブリンやらゴブリンナイトやら、そういったものが相手だと話も変わってくるが、それでもまだその辺の相手なら魔甲機装で充分いける。
「それと前もって教えていたように、ゴブリンを初めとする魔族たちは実力主義だ。つまり、あの村を占領しているボスのゴブリンはそれなりに戦える可能性がある。そのボスの相手はホソダ、お前が務めろ」
「はーい、了解っす」
最強には最強をぶつけるって事か。
なんせ、この国はこれまで日本人を幾人も召喚してきたようだけど、最高クラスであるコゥガーを扱える奴は一人もいなかったって話だ。
そんだけチャラ男には期待がかかっているんだろう。
「では行くぞ」
シュフ教官が合図を出すと、チャラ男を先頭にして行軍が始まる。
今回二人の教官が付いてきているが、彼らは積極的には戦いに参加しないらしい。
あくまで俺達の実戦訓練が主という事だろう。
行軍中はさすがに誰も無駄口を叩いたりはしていない。
ひたすら魔甲機装の足音だけが、ガッションガッションと聞こえてくる。
そんな静かだかうるさいんだか分からない……いや、明らかに足音がやかましいな。
しかしこれだけはどうしようもないので、気にせずに突っ込むしかない。
この大きさの物体が動くにしては音が小さいので、これでも静音性にも多少気を使って作られたとは思うが。
シュフ教官が言っていたように、十分ちょっと移動を続けると、村まで大分近づく事が出来た。
すでにゴブリンの一部がこちらに気づいたようで、何やら騒いでいる。
人間の姿は……見当たらないな。
まだ朝が早くて表に出ていないだけなのか、それとも……。
奴ら魔族の人間への扱いは主に二つ。
食用か、もしくは奴隷として労働させるかが主なパターンだと言う。
ゴブリンなんかはそうだが、奴ら魔族には自前で装備などを作る能力がなかったり、不器用であったりする種族もいる。
それ故、代わりに奴隷となった人間が、人間と戦うための装備を作らされているようだ。
古の昔から、魔族国にはこうして奴隷として飼われている人間が存在している。
余りに長い奴隷生活のため、俺達日本人は勿論、俺らを召喚した『ノスピネル王国』の人達とも価値観などが大きく違っている人達だ。
王国人は彼らの事を魔民族という蔑称で呼んでいて、魔族との戦争で相手の村を占領しても、魔民族はそのまま王国人の奴隷として、少しだけマシ程度の待遇でこき使われる。
ちなみに今回向かう村は、『ノスピネル王国』が数年前に入植した村であり、住んでいる住民は魔民族ではなく王国人だ。
「私達は敵の退路を断つように背後に回る。お前達は訓練を思い出し、慌てずに敵を排除すること」
俺が村を目前にして考えに耽っていると、最後尾を走る教官から最後の指示が飛んできた。
すでにゴブリンにも気づかれているので、その声は先頭を走るチャラ男にも届くほどの大声だ。
まあ、村が近づいていたので、速度を緩めて互いの距離が近かったってのもあるけどな。
「という事らしいんで、チャチャッと終わらせちゃおうっか。あ、ボスっぽいのいたら知らせてね」
教官たちが、左右に分かれて村の後背に回り込もうとする中、部隊長に任命されたチャラ男の緩い指示が飛んでくる。
こうして、俺達の初めての闘いは始まった。




