第69話 出発進行
二十分ほど歩くと北西門が見えてくる。
今回も相変わらず門の辺りでは、任務に必要な食料などが用意されていた。
しかし荷車の姿は見当たらない。
「門を出たら、順に着装していくように。尚、ここにある荷物は魔甲機装で運びやすいように、まとめられている。各部隊四つずつあるので、クラスの高い者から順に持つように」
芦屋のいう「運びやすい」というのは、荷車を大きくしたとかそういったもんではなく、大きな背負い籠のような形状を指していた。
ま、現代日本みたいに道が整ってる訳じゃないからな。
魔甲機装があるなら、結局この輸送方法が手っ取り早いんだろう。
「この先少しの間は全員一緒に行動をするが、途中で三つの部隊に分かれる事になる。部隊Aは私が、部隊BとCにも教官が随行するので、部隊BとCは彼らの指示に従うように」
辺りを見回したところ、教官たちは五人とも全員参加するようだ。
つまり芦屋を含めて、二名ずつ各隊に配属されるんだろう。
そうなると、一人当たりのゴブリンノルマも減るな。
「大地さん、そろそろ……」
っと、すでに周りの奴らは着装がほとんど終わっている。
根本に急かされるのは癪だが、俺も慌てて着装する事にした。
見れば、すでにうちの部隊Cは、チャラ男と権助どんが荷物を持っている。
ってか、部隊長自ら持ち運ぶのか。
よくよく見てみると、部隊AやBでも同じくリーダーの二人が荷物を持っていた。
まあ、クラスが高いほうが運動性能も上がるからな。
こればかりは俺の最低ランクのキガータでは如何ともしがたい。
「全員着装したな? では出発する」
相変わらずテンションが低い状態を維持している芦屋。
奴が出発の号令を出すと、進軍が開始された。
王都を出発してから五時間ほどが経過した。
街で暮らしていた頃、隙を縫っては街の外に出かけていた俺でも、この辺りまでは来た事はない。
周囲の風景はあまり劇的な変化は見せていないが、進行方向の逆側は大分見た目が変化していた。
俺らが暮らしている王都の東には長大な山脈が広がっている。そして、その辺りは未開の地となっていて、魔族も人族もほとんど住んでいない。
その山脈はかなり高い山々が連なっているようで、王都からは聳える山脈が良く見えたものなんだが、それもここからでは大分威容が薄れている。
俺の内部センサーによると、王都から現在位置までの距離が大体二百四十キロ。
五時間フルに移動したのではなく、途中で三十分程休憩も入れたので……まあ時速五十キロ以上は出てたって事だな。
原付と同じくらいの速度だというのに、動力が搭乗者の超能力や魔力だけで済むという、なんともエコな乗りもんだ。
いや、乗りもんってよりは、多目的パワードスーツって感じだったな、本来は。
今じゃ完全に戦闘用マシンになっちゃってるけど。
「この辺りは三つの村の中間地点に位置する。よってここからは、隊を三つに分けて行動することになる。部隊B、Cの者達は教官の指示に従う事。だがその前に、これより三十分の食事休憩に入る。各自脱装して、食事を受け取っておけ」
先頭をいく芦屋が止まったから何かと思えば、食事休憩か。
芦屋の指示を受けて、すでにあちこちで脱装の声が聞こえてくる。
これだけ脱装って声が続くと、囚人が一斉に刑務所を抜け出してるかのようだ。
「大地さん、脱装しないんですか?」
だっそうね……。
俺は根本に返事することなく、行動で答えを示した。
「脱装」
ほんと毎度思うけど、この場面だけ切り取ると昔のロボットアニメみたいだよな。
けど、昔のロボットアニメでもこんだけ大勢が一斉にロボットに乗り込んだり降りたりするシーンは記憶にない。
「それじゃ、大地さんの分の昼食も受け取ってきますよ」
そう言って根本が離れていくのとは反対に、すでに食事を受け取った樹里と沙織が俺の方に近づいてくる。
「大地とは別の班になっちゃったわね」
「ああ。何の因果か根本とは同じだけどな。そっちは沙織も一緒だし、丁度いつもの四人が男女で分かれた形だな」
「こればかりは、個人の希望は受け入れられないんでしょうけど、残念です」
「これって今回だけなのかな? それともしばらくは班替えはなしってパターン?」
「一応バランスを考えて編成されてはいるだろうから、そうすぐには変えないと思うぞ」
あと、班じゃなくて部隊な。
「えー、四人一緒が良かったのにー」
「仕方ありませんよ」
……俺以外の奴にも、樹里は素直な反応を見せるようになってきたな。
いい傾向だ。
最初の頃のようにつっけんどんな態度だと、孤立するだけだからな。
「大地さんお待たせしました。一色さん達も既に集まってたんですね」
「ええ。問題ないとは思いますけど一応……といった所でしょうか」
「え? 問題って何の事?」
樹里は自分達がこれから何をしに行くのか、いまいち理解していないようだ。
芦屋の話では、今回のゴブリンの数を相手に十体以上も魔甲機装を出すのは、過剰戦力であるらしい。
だが、戦場で絶対なんて言えるものがあるのかどうか、はなはだ疑問だ。
それこそ俺のような例外や規格外が混じる可能性を考えれば、百パーセントの安全などはないと思う。
「沙織……。樹里の事は任せたぞ」
「はい、承知しております」
「え? え? 何っ!? 何の事なの!?」
取り乱す樹里に、俺も沙織も答える事なく食事を進めていく。
この後体験する事になるであろう事を、今ここで樹里に語る事は出来る。
だが、それが果たしていい事なのかどうか俺には分からん。
でもこれだけは言っておこうか。
「樹里」
「な、何よ?」
「生きて帰るんだぞ」
「どうしたのよ、突然……」
「お前の場合特に心配なんだが、まずは自分の命を最優先にしてくれ。その為なら、隊長の命令なんかも従わなくていい」
「でも、それってグンポー会議とかになっちゃうんじゃないの?」
「命あってこその未来の話だ。失くしてしまえばそれまでだからな」
「大地……。うん……、分かったわ」
樹里も今の会話で、少しずつ自分達の状況というのが理解出来たみたいだ。
今回は実戦ではあるが、初陣という事でチュートリアルのような緩い任務を与えられている。
だが、その状態が今後いつまでも続く訳ではない。
この世界に呼び出されてしまったからには、それまでのような安寧とした生活には戻れないのだ。
「僕は大地さんと同じ部隊なので良かったですよ。危なくなったら助けてくださいね?」
「自分の身は自分で守れ」
「え、そ、そう言わずに頼みますよ……」
「よし、ならお前に良い事教えてやろう」
「いい事? 何ですか?」
「危なくなったら精神コマンドを使うんだ。お前は修理が自前で使えるから、『集中』とか『鉄壁』がいいんじゃないか?」
「えええぇ……? 大地さん、一体何の話をしてるんですかぁぁ?」
突然のゲームネタについていけない様子の根本。
それでも、突然訳の分からない話をされたせいか、根本の緊張は少しほぐれたように見える。
「ま、気負わず、自分を見失わず、やれることをやって……また会おう」
「……そうですね」
「大地、良い事言ったわ!」
「それが一番……ですね」
こうして、部隊別行動前の最後の食事を終えた俺達は、三方に分かれて目的地へと向かうのだった。




