第68話 あの男
教官に止められて脱装した日向は、顔を真っ赤にして火神を睨みつけている。
それでもこれまでのように突っかかっていかないのは、教官の命令がそれほど重いのか、或いは制約のせいか。
「貴様、覚えていろ! いつかこの雪辱は晴らすッ!」
最後にそんな捨て台詞を残した日向は、教官に指示された兵士によってどこかへ連れていかれた。
ま、あの調子じゃ恥の上塗りになりそうな気がするけど。
俺が退場していく日向を眺めていると、少し離れた場所にいた教官たちの会話が聞こえてきた。
俺達が現地語を習得する事を想定していないのか、相変わらず周囲を気にせず現地語で話している。
『ふむ、やはりカガミの方が上か』
『奴は異世界人にしては、やたらと剣の扱いに長けてますからな。そんじょそこらの兵士では勝てんでしょう』
『カガミならばそれこそあの男のように、下のクラスの魔甲機装でも上のクラス以上の力を発揮できると思います』
『指揮官としても、ムラのあるハヤトよりカガミの方が優れている……か』
『次に祭り上げられるのはカガミという事になりますかな』
『あの魔術師の少女も、魔甲機装無しで魔法のみでルーベンスを倒したと聞くし、イッシキもルーベンス相手に生身で立ち向かったと聞く』
『その三人と比べると地味ではあるが、あの男もいる事だし今回の大規模召喚は成功でしたな』
あの男ってのは何だ?
なんか教官たちの間ではそれで通用しちゃってるようなんだが。
『そうだな。あの男がキガータマンサクなどという、最弱機装でなければ、カガミとイッシキの三人で活躍出来たろうに』
え?
つまり、あの男ってのは俺の事か?
なんで火神は名前呼ばれてるのに、俺だけ「あの男」扱いなんだよ。
その後は取り留めもない話が続けられていたが、その間俺達は絶賛放置プレイを食らっている。
しきりに俺に話しかけていた根本も、俺が教官たちの話に集中して放置していていたら、いつのまにか他の人の所に移動していた。
「ふう、全く突然着装するなんて、ビックリしたわよ」
「おわあっ。樹里、いたのか」
「やっっっぱり話聞いてなかったのね。さっきからいたわよ!」
なんでも、根本と入れ変わるようにして俺の方に来ていたらしい。
そして樹里の隣には沙織もセットでついていた。
バリューパックかな?
「大地さん、何か考え事ですか?」
「えっ、まあ、な……」
沙織がジッとこちらを窺うような視線を送ってくるので、妙に落ち着かなくなってしまう。
「あ、また新しい奴が来たみたいよ」
そこに助け舟のような樹里の声が割って入り、俺はその声に促されるまま視線を這わす。
すると、中年の男が兵士と共にこちらにやってくるのが見えた。
服装からして、魔甲機装の使い手と思われる。
俺達も訓練時や野外行動時には、国から配給された制服というか運動着のようなものを着用している。
それこそ手ぶらでこの世界に放り出されたので、みんなその時来ていた服しかもっていなかったのだ。
今でこそ町に出られるようにもなって、市民街で服を買う事も出来るようになっているが、生地やデザインなどで日本人には不評だ。
そのせいか、外出するのでもない時は制服をそのまま着用してる奴も多い。
「あー……、俺は芦屋幸房。速人の奴がなんぞやらかしたとの事で、俺が代わりにお前達の指揮を執る事になった。よろしく頼む」
なんと二人目のエース日本人の登場に、辺りはシーンと静けさに包まれる。
最初の男がアレだっただけに、二人目の覇気のない中年サラリーマンといった男の様子が、どこか不気味に思えてくる。
「それで今後の予定だが、実は上から一つ指令を受けている。作戦難度は低いが、これがお前達の初の実戦任務となる。気合を入れて励むように」
中年男……芦屋は、俺達の返事や反応を待つ事もなく、今後の予定についてを話していく。
気合を入れて励めという割には、本人が一番気合が入っていないように見えるんだが……。
「それでは作戦の具体的な内容に移る。この王都の北西にある三つの村が、北ゴブリン王国に襲われ現在占領下にある。その三つの村を解放するのが我々に与えられた任務だ」
それから芦屋は淡々と敵の戦力や、こちらがどう動くのかについてを説明していく。
余りに芦屋に覇気がないので、本当にこれからこの作戦が行われるのか疑問に思ってしまいそうになるほどだ。
まあ要約すると、三つの村に対し俺達を三つの部隊に分けて、同時に攻略しようという話らしい。
斥候のもたらした情報によると、それぞれの村に駐留しているゴブリンの数は、大体百から百五十の間との事。
三十一人を三つの部隊に分けるので、単純計算で一人当たり十から十五のゴブリンを倒せばいいという計算になる。
……元々召喚されたのは俺含め三十三人だったが、最初に歯向かった男は結局現在も行方知れず。生きているかも不明だが、少なくともこの王都にはいないと思われる。
そして、いつぞやのゴブリン儀式の時に取り乱していた女。
彼女も、森での野外訓練が中止になった後、少ししてから姿を見なくなった。
きっと今頃は"矯正"されているのだろう。
三十三人いたら丁度三で割れたのにな……。
一人いなくなった女の事は、日本人たちの間では自然と話の話題に乗せてはならない、タブーみたいな扱いになっている。
そして、その女より先にダメになるかと思った大森は、今はどうにか持ち直している。
樹里とのいざこざや、実際に女が一人戻ってこなくなった事で、より生活態度が改まったというか、ビクビクとしながら生活を送るようになっていた。
「――という訳で、これより部隊Aから部隊Cまでのメンバーを発表する。名前を呼ばれた者は、端から順にA、B、Cと隊列を組んでくれ。ではまずは部隊Aからいくぞ……」
編成は事前に決まっていたのか、芦屋は手元の紙を見ながら名前を読んでいく。
それぞれの部隊には部隊長が設定されていて、部隊Aの隊長は火神。
部隊Bの隊長が沙織で、部隊Cの隊長はチャラ男になっていた。
選出基準が魔甲機装のクラス順になっているようだが、火神と沙織はともかく、チャラ男に部隊長なんて務まるのかあ?
……ちなみに俺は根本と共に部隊C、つまりチャラ男部隊所属である。
「大地さん、一緒の部隊になれましたね」
俺の後ろに並んだ根本が、ささやき声で話しかけてくる。
大分嬉しそうな表情を浮かべていたので、俺はそれと正反対な表情を返してやった。
確率としては三分の一とはいえ、どうも根本とはこういった腐れ縁があるような気がしてならない。
その後、全員の所属が告げられ部隊の整列が終わると、早速俺達は北西門への行軍を開始した。
なんでもこのまま現地まで直行で向かうらしい。
野外訓練の時もそうだったが、そういった事は前もって知らせておいて欲しいわ全く。
昔のテレビ番組で、目隠しとイヤホンを付けられて、見知らぬ場所に連れていかれるロケとノリが同じじゃねえか。
「はぁ、僕たちどうなるんでしょうね」
「んな事知るかよ」
俺以外の連中も、まあ同じような事を思ってそうだな。
ただ、予めこの日に戦闘任務がありますよと伝えられ、ドキドキしながらその日を待つよりは、案外こうして右も左も分からないまま連れていかれる方が、妙な気負いや緊張がなくていいのかもしれん。
こうして俺達は、ゴブリン儀式の時以来訪れていないであろう北西門に向かって、歩いていく事になった。




