第67話 先駆者
結局あれから森での野外実習は中断される事になった。
ジルベルト教官らは俺の幻影を追って調査を続けていたようだが、俺の所にまで手が届くことはなく、俺は恐らく逃げ切る事に成功したようだ。
森から帰った後は、またいつもの訓練の日々が続いた。
なんだかんだで召喚された日本人たちも、ここでの生活に慣れてきたように思う。
まあ流石に一部の奴は気づき始めてるけど、それだけ俺らの待遇は基本的に良い。
でも俺は市民街で色々情報を集めているので、この世界がそう甘いもんではない事も知っている。
ではなぜ俺達の待遇がいいのか。
それには幾つか理由があるのだが、まずはそれだけ魔甲機装の適合者が少ないという事だ。
更に正確にいうと、適合者だけならそこそこいるのだが、高いクラスの適合者がほとんどいない、という事らしい。
そのせいで、低いクラスの魔甲機装はかなり在庫が減ってきていて、なかなか新規の魔甲騎士が誕生していないという裏事情もあったりする。
そしてもう一つの理由は、先人が道を切り開いていたからだった。
ヘイガーガムシャーを操る日向速人。
ティーガーボーシュの芦屋幸房。
そして紅一点、オツァーガリュースイの水原マリナ。
俺達より先にこの世界に召喚されていた彼ら三人が、これまでに絶大なる功績を上げた事で、その後召喚された日本人の待遇が良くなっていったのだ。
それこそ最初の内は、召喚時に付与した服従の効果で強引に従わせていたらしい。
だが、中には死を厭わずに暴れまわる奴や、契約に従う振りをして反旗を翻すような奴も出てきて、それなりにこの国にも被害が出たらしい。
幸い当時は一度に何人も召喚する事が出来なかったので、被害はそれほど大きく発展する事はなかった。
しかし、毎回このような状況になっては割が合わない。
そんな折に、魔族の大侵攻の年があって、幾つもの町や村が奪われるという事態に陥った。
そこで大活躍を見せたのが、オツァーガリュースイという沙織と同型の魔甲機装に選ばれた水原マリナだ。
それが異世界人への扱いが変わる、一つの大きな転機だったといっていい。
……つまり、俺を除く連中は理不尽にこの世界に召喚されてしまった訳だが、この三人に対しては知らず知らずのうちに借りを作っていた事になる。
なる……のだが、目の前で偉そうに話してる奴を見ると、感謝の気持ちなど奥に引っ込んでしまう。
「いいか? テメーらは今日からしばらくこの俺、日向速人の指揮下に加わる事になった。見ての通り、俺もテメーらと同じ日本の生まれだ。つまりテメーらの大先輩にあたるって訳だ。ほれ、先輩に対して挨拶しろよ」
森から帰った後しばらくは平常訓練が続いていたんだが、今日いつものように訓練場に向かうと、先輩だと名乗る男が待ち構えていた。
田舎のヤンキーというか、暴走族にでも入っていた少年がそのまま大人になったようなその男は、顔を一目見るだけで性格が透けて見えるようだった。
大人、といっても年は俺とそう変わらんと思う。
しかし年齢的には大人になっていても、中身の方はチンピラとほぼ同じだ。
挨拶を強要された俺達からは、ポツポツと声は上がっていたものの見事にバラバラであり、大抵はどうしていいか戸惑っている様子だった。
それを見た日向は、突然ツカツカと歩き出す。そして手にしていた木刀で、一番近くにいた日本人の男を強かに打ち付ける。
「ギャアアァァッ!」
「テメーらは教えないと挨拶すら出来ねーのか? なら教えてやるよ。なあに、同じ日本人であるテメーらなら誰でも知ってるような簡単な事だ。今すぐ土下座して頭を下げりゃあいい。な、簡単だろ?」
ううん、こいつなんかヤバイ薬でもキメてんじゃないか?
挨拶と謝罪の違いが理解出来ていないらしい。
「なんで、あたし達がそんな事しないといけないのよ!」
「ああん? なんだ、テメーは。クソみてーな口を吐く許可を与えた覚えはねーぞ」
そう言いながら樹里の元へと近づいていく日向。
……樹里も樹里で相変わらずだな。
さてどうしたもんかと思っていると、まったく予想を裏切る事もなく、日向は女相手だろうと構わずに木刀を振り上げた。
「エスタス、ラ、ヴェント。フォルブローヴ、リン!」
しかし、日向が木刀を振り下ろすより先に、樹里の風の魔法が日向に直撃する。
「ぐぼぁあッッ!」
まさか反抗するなどとは思っていなかったのか、真正面から魔法を食らう日向。
「っぷはっ!」
その余りの滑稽な様子に、つい俺は吹き出してしまった。
他にも何人か笑いを堪えている奴が見受けられる。
「どうよ? 理不尽に暴力を受けるのは? これに懲りたらもうあんな事は……」
「…………『着装』」
樹里が嗜めるように口上を述べている途中で、日向の奴はいきなり魔甲機装を起動させる。
「えっ、ちょっ……」
「皆、下がっていろ。『着装』」
沸点低すぎな日向に対し、即座に反応したのは火神だった。
あの反応の速さからして、こうなる事態を想定していたのかもしれない。
着装が終わった日向が樹里の方へ向かっていくのを、僅かに遅れて着装した火神が迎え撃つ。
巻き添えをくってはたまらんと、俺達は蜘蛛の子を散らすように四方に逃げ出す。
近くには俺達の他に教官や兵士の姿も見えるのだが、この騒ぎを治めようとする様子がない。
俺達と同じように、騒動が始まると同時に距離を取って様子を見る構えだ。
「なんだぁ、テメーは?」
「仲間への非道な仕打ちを見過ごす訳にはいかん」
「……そうか。テメーがオツァーガガムシャーの火神だな? いいぜ、魔甲機装の性能の差が、強さの絶対的な差ではない事を、教えてやる」
なんかどっかで聞いたようなセリフをのたまう日向。
両者は同じガムシャータイプではあるが、火神の方がオツァーガクラスなので、ヘイガーの日向よりは一段階上のクラスだ。
「…………」
俺達より先に召喚され、実際に英雄に祭り上げられるほどに戦功を上げていると思われる日向。
実戦経験なども、俺達よりは当然上なのだろう。
だからこそ、日向はあんな啖呵を切ったんだろうが……。
「なん……だと……」
あれだけイケイケだった日向だが、火神相手にはまったく相手にならなかった。
それは魔甲機装の性能差などではなく、日向が自分で言っていたように、パイロットの性能差が如実に現れた結果だった。
もしこれが、火神の方が一段階低いクラスを使用していたとしても、結果はそう変わらなかっただろう。
「そんな……バカな!」
いや、バカはお前だよ。
というか、ご愁傷様って感じだよな。
今回の異世界人の召喚は全部で三十三人。
その中で俺を含め、沙織に樹里に火神……イレギュラーな奴が数人紛れ込んでしまっている訳だからな。
「クソッがあああぁぁぁ!!」
思い通りに行かない事で、初めのころにはかろうじて冷静に維持できていた動きも、徐々に感情に任せた暴れる獣のような雑な動きになっていく。
そうなってしまっては、益々火神の思うツボだ。
冷静に日向の攻撃をいなし、無力化させていく火神。
「ハヤト! そこまで!!」
そこまでいって、ようやく教官から静止の言葉がかかった。
これまでの日向の様子からして、教官の言葉といえどそう易々と従わないと思えたが、声を掛けられると同時に動きを止める。
「……なんか、やばそうな奴が出てちゃいましたね」
逃げる時に俺の近くに逃げて来た根本が、困り顔で感想を漏らす。
「……こりゃあ、そろそろ潮時かな」
「え? 何て言ったんですか?」
俺は根本の問いに答える事なく、事態が収拾する様子を眺め続けた。




