第66話 聞き込み調査
日本人全員が無事キャンプに帰還し、日本人同士の間で今回の魔物狩り中止についての話題が交わされている。
その情報の発信源は勿論この二人だ。
「でね。そん時に一色が前に出て、あの大きな狼に立ち向かったの」
「いやあ、本当僕はただ見てるだけだったんですけどね……」
日本人同士で俺や樹里たちのように幾つかのグループは出来ているが、それでもそれらのグループ同士が頻繁に接触する事は普段はない。
しかし今回に関しては、自分達の命にも関係するかもしれない事なので、それなりに多くの人が二人の話を聞いている。
時間的にはもう夕食の準備を始める頃。
日本人を捜索していた兵士らも順次帰還してくる中、ジルベルト教官は手勢を連れて森の中へ向かっていった。
樹里たちの話はクライマックスを迎え、最後に大技の魔法を放つシーンまで進んでいる。
本人は話の盛り上がるタイミングなので力を入れているようなのだが、それまでの話で色々盛りすぎたせいで、聴衆はそれどころではないようだ。
話の内容よりも、そんな恐ろしい魔物が近くにいたという事が、彼らの心に恐怖や不安といった感情を植え付けていた。
「それでね、それでねっ!」
「最後は樹里の魔法でバーンとやってめでたしめでたし……だ。根本、そろそろ夕食の準備がある。戻るぞ」
俺は最後の部分で割って入って、話を強制的に終わらせようとする。
「ちょっと、大地! なんで最後良いところを持ってくのよ! それもそんな雑に!」
「あ、では僕は大地さんと戻りますね」
憤慨している樹里だったが、根本は周りの人と樹里の温度差に気づいていたようで、素直に応じてくれた。
「まったく、アイツは考えなしだな」
「ハハッ……。僕も最初はそこまで頭が回ってなくて、無駄に皆さんを不安にさせちゃいました。ただ危険な魔物がいた事を知らせたかっただけなんですが……」
テントへ戻る道すがら、根本とさっきの事について話す。
背後からはまだ樹里の声が聞こえていたが、パラパラと人がはけて行っているようで、直に樹里の声も聞こえなくなった。
「あの……大地さん。あの時はありがとうございました」
「気にすんな」
「で、でも……」
「俺は俺のやりたいように動く。あの時はたまたまお前を守るような事をしたが、次はお前を見捨てる選択をするかもしれん。だからいちいち感謝などするな」
「……分かりました」
俺が念を押すように言うと、小さく呟くような声で、後ろを歩いている根本が返事をする。
それからは昨日と同じように夕食の準備に取り掛かる。
すでに権助どんや火神などもテントに戻っており、俺は最初に軽く調理の手伝いをした後は、料理の完成を待っていた。
そんなタイミングだった。
「夕食の準備中失礼するが、君たちに尋ねたい事がある」
そう言って俺達のテントを尋ねてきたのは、森に出かけていったジルベルト教官だった。
傍には兵士がひとり付いている。
「御用は、なんですか?」
俺達三人は、テーブルでもうじき出来上がるであろう料理を待っていたが、調理場の位置的に教官が最初に話しかけたのは根本だった。
なおチャラ男は相変わらず、どこぞでなんぞしている所だ。
「君は確か例の魔物に襲われた一人だったね。確かここにはもう一人同じパーティーメンバーがいたと聞いているが」
そこで根本が特に意識する事なく、自然と俺の方に視線を送ったせいか、教官も俺の存在に気づいたようだ。
「ああ、そうだ、君だったな。ちょっと席を外してもらって二人に話を聞きたいのだが、いいかね?」
それはお願いというような形式をしていたが、実質的には逆らえないような言い回しだった。
俺は自分が強い立場にいると思ってる奴に、NOと断ってやる事が好きなんだが、まあ今回は別に何を聞かれても問題はなかろう。
どんな事を聞いてくるのかにも興味があるしな。
という訳で、俺と根本は二人してホイホイとジルベルト教官の後についていくのであった。
「あの、こんな所まで呼び出して何の話なんでしょうか?」
キャンプから離れ、森の中を少し進んだ所まで連れて来られた俺達。
チキンハートな根本は借りてきた猫のように……いや、こいつはいつもこんな調子か。
「君たちに尋ねたい事とは、君たちがルーベンスに襲われていた時に、何か気になる事はなかったかという事だ」
「気になる事ですか?」
「そうだ。何かちょっとした違和感や、変わったものを目撃していたとか、そういったものだ」
「それ、は……正直あの時は狂暴な魔物相手に、辺りの様子を気にする余裕もなかったもので……」
「ふうむ、そうか。そちらの君はどうだね?」
「俺も根本と同じだ」
「……そうかね。ではあの現場で、他に誰か目撃した人物などに心当たりはないか?」
ふうむ。
探りを入れてきてはいるが、流石に俺が犯人だとは気づいていないようだ。
まあ状況を考えると、眼鏡と蝶ネクタイをつけた子供や名探偵を祖父に持つ高校生でも、真犯人に辿り着くことは出来ないだろう。
「あの場所に他に誰か……いたんですか?」
「質問をしているのはこちらだ」
「えっと、そんな人はいなかったと思いますけど……」
少し圧が増したジルベルト教官に、ますます下手になっていく根本。
その返答を聞いたジルベルト教官は、今度は無言で俺の方に視線を送る。
「俺も多分見てないと思う」
「多分とはどういう事だ?」
「目の前に見た事もない魔物がいる状況ですからね。目の前を誰かが通っても気づかなかった可能性はあるって事ですよ」
ここで白を切り通すのではなく、敢えて曖昧な言い方をする。
ちょっとした捜査かく乱だな。
ま、別にこの男が真相に辿り着くこともないだろうし、知られたら知られたで俺からしたらどーって事はない。
「……そうか。では何か思い出した事があったら、私の元を訪ねてくれ」
最後にそう言って、ジルベルト教官と付き添いの兵士がキャンプへと戻っていく。
「一体何だったんでしょうね、今の」
「さあ、な。俺達も戻ろう」
根本は困惑の表情を浮かべたまま、俺の後をついてくる。
そして歩きながら今のやり取りについてしつこく尋ねてきていたが、俺はそれに答える事はなく、前方の会話に集中していた。
『どうやら彼らに心当たりはないようだが、オグルビー隊長。君の目にはどう映ったかね?』
『確かに俺は尋問を取り仕切る事もあるが、嘘を見抜く能力を持っている訳ではない』
『という事は?』
『少なくともあの畏まっていた男の方は、嘘を言ってはいないだろう』
『ではもう一人の男は?』
『そちらはハッキリ言って分からん。尋問にかけてもいいと言うのなら、聞きだしてみせるが』
『流石にそれは許可できんよ。君達が尋問してしまったら、「矯正」を施しても使い物にならなくなるかもしれんのでな』
『ならば別口から「髭面の男」についての情報を集めるしかあるまい』
『しかし、あの女達からもまったく情報は得られなかったのだ。君だって仲間があのような目に合わされたのだ。犯人を見つけて敵を討ちたいだろう?』
『それは少し違う。彼らがあのような目に合ったのは、彼らが実力不足という事でもある。犯人を見つけたいとは思うが、あの三人に関しては、敵を討ちたいというよりも、寧ろ日ごろの鍛錬不足を責めたい所だ』
『……そうかね。では君自身も、「犯人を見つけられなかった」という汚名を被る事のないよう、犯人捜しに励んでくれたまえ』
『それは言われるまでもなく』
ほうほう。
これはそれなりに興味深い話をしていたな。
距離が離れていたとはいえ、現地語で話していたから俺達に聞かれる事など考えもしていなかったのか?
ジルベルト教官はあの男の事を「オグルビー隊長」と呼んでいたが、それって鬱男の言っていた名前だよな。
当然といえば当然なのかもしれないけど、兵士の中にも俺達を監視していた連中の仲間がいたって訳だ。
さっきの話の感じだと、真犯人である俺が捕まらない限り、あのオグルビーって奴が組織からマイナス査定を受ける事は間違いなさそうだ。
よし、それなら俺は奴の捜査の手から逃げきってみせるぜ。
……祖父の名にかけたりはしないけどな。




