第59話 昼食タイム
慣れないテントの設営だったが、教官らの指導もあってどうにか全員分の設営が完了した。
するとすかさず昼食の準備に取り掛かる。
恐らく今の俺達日本人の中で、わざわざ自炊をしているものはいない……もしくは少数派だろう。
普段は宿舎内の食堂か、街まで出向いて食事を取っている。
そのせいか、ますます今回の訓練が学生時代の野外活動を思い出させる。
ま、平均年齢は高いんだけどな。
「ほう、根本は料理も出来るのか」
「いやあ、そんな料理って程のものでもないですよ。一人暮らししてたもんで、生活費を浮かすためにやってた雑な男料理です」
「いや、それでもたいしたものだ。俺の家ではそういった事は女がやるものだと、まったく触らせてもらえなかったからな」
手持無沙汰な状態の火神と、器用に食材を捌いて料理を作っている根本の声が聞こえてくる。
なんか根本ってああいう細々とした所は得意そうだよな。
「大地さん。そっちの肉の方はもう捌き終わりましたか?」
「ああ、大体終わったぞ。ほれ」
「助かりましたよ大地さん。僕も普通の料理はそこそこ出来ますけど、流石に絞めたばかりの野ウサギを渡されても、僕じゃ捌けないですからね」
俺が今捌いていたのは、このキャンプ地に来るまでの間に見かけた野ウサギだ。
これは俺が獲ってきたもんではなく、ここに来るまでの道中に兵士や教官らが狩ったもので、初日は特別サービスでこいつをくれてやるが、次の日以降新鮮な肉が食いたいなら、自分達で狩ってこいとの事だった。
まー、そんな事言われて実際に狩りに行く日本人はそうそういないと思うし、はいどうぞって絞めて間もない野ウサギを渡されても、困る奴の方が多いだろう。
「大地も料理が出来るのか?」
「俺のは別に料理ってもんじゃねえよ。一時期サバイバル生活に嵌ってた時期があって、そん時にちょっとソレっぽいのやってただけだ」
「サバイバル……。実際にこういった動物を捕らえて食していたのか?」
「ああっとぉ…………まあな。本当は勝手にそういった事をしちゃダメなんだが、そん時はそういった事も知らなくてな」
「地主の許可が必要なのか?」
「地主ってか……確か法律で禁止されてんだよ。少なくとも俺がいた日本ではな」
俺は一度興味を覚えると、他の事が見えなくなる事がある。
あん時も、サバイバル漫画を幾つか読んでその気になってしまって、すぐさまちゃんとしたサバイバルの本を読み漁って実践しまくってたもんだ。
「へえ、なんだか意外ですね。大地さんってインドアな人かと思ってました」
「俺は興味を覚えたら、インドアだとかアウトドアだとか関係ねーんだよ」
話しながら、兎の解体で汚れた手を洗う。
「あのお、おらもなんか手伝えることねえだべか?」
「そんなら水を汲んできてくれ。残りが少なくなってきてる」
「わかっただ!」
このキャンプ場みたいな広場は、定期的にこの国の兵士らが整備しているらしく、井戸まで掘られている。
勿論手押しポンプなんかじゃなくて、釣瓶を落として水を組み上げる形式だ。
滑車がついているとはいえ、一度で汲める量もそう多くないし、水汲みはそれなりに大変だ。
「俺も何か出来る事はないか?」
門外漢な料理だけあって、珍しく火神がどうしたもんかと所在無げだ。
だけど、別に何十人分とか作る訳でもないんだし、後は根本一人に任せとけばいいと思うんだがな。
「いえ、大丈夫です。後は僕がやりますんで」
根本にもハッキリ言われて肩を落とす火神。
ま、俺も後は楽させてもらいますか。
それから程なくして根本の料理が完成。
といっても、別にそんな凝ったものではなく、本人が言っていたように男の料理といった感じだ。
「それじゃあ、頂きます」
「うむ、有難く頂くとしよう」
「みなさん、水さここに置いときますんでどんぞ」
男四人で出来上がった昼食を頂く。
ん? チャラ男?
あいつは一人女達の所に混じって食いに行ってるよ。
さて、それでだ。
午後からはパーティーを作って森の中で魔物を退治してこいと、教官からの有難い言葉があった。
ただし、魔物退治には魔甲玉の携帯は禁止された。
なんでも森の中の魔物相手では、ガタイの大きい魔甲機装では戦いにくいという話だ。
というか、そもそもが魔甲機装なしの状態で戦うために、大した魔物がないこの場所を選んでいるのだ。
そこで着装して戦っても、本来の目的にはそぐわない。
パーティーを決める場面では、「はいはーい、それでは今度の修学旅行の班決めは皆さんで決めてくださーい」という、学生時代に見たような光景が織りなされていた。
そして、そうなるとまず俺の所に集まって来るのは……
「さ、大地。行くわよ!」
「大地さん、どうぞよろしくお願い致しますね」
「わっ、ちょっと大地さん。僕を置いて行かないでくださいよ」
……とまあ、いつもの面子に決まってしまった。
人数は決められていないのだが、多くても六人位までにしておけとは、最初に教官に注意されていた。
「何やってんのよ根本。ほら、さっさと森の奥まで言ってトップスコアを目指すわよ!」
「えええぇ、そんな、ここは安全な森だって言ってましたけど、流石に奥に行くのは危ないんじゃないですか?」
「そこはあたしがいるから問題ないわ! それに沙織だってふつーじゃないんだし」
「笹井さん。その言い方ですと、まるで私がおかしい人みたいじゃないかしら?」
「えー? でも助走もなしに何メートルもの高さにジャンプできるなんて、ふつーじゃないわよ」
「それは、その……」
沙織はボロボロになっていた自分の体を治し、健康状態にしてくれた自分の体に対して、感謝をしている。
しかしそれと同時に、他の普通の人とは大きく違う個性を持ってしまった事で、疎外感のようなものも彼女に与えているようだ。
「ま、この世界だと教官みたいなとんでも人間は割といるみたいだし、そう珍しいもんでもないさ。それより、あっちの方角からなんか気配を感じるぞ」
「え? どこ? どこお?」
樹里が俺の言葉を受けて、辺りをキョロキョロ窺う。
まあ気配っていうか、俺の体内に仕込まれたセンサーに反応したんだけどな。
実際にそのセンサーがどういった仕組みで、どういった形をしてるかは分からん。ただ、ここから割と近い場所に魔物らしき存在をキャッチしたのは確かだ。
「こっちだ、こっち」
俺が反応のあった場所へと誘導すると、根本だけは妙に緊張して武器を構えながら後を付いてくる。
それに比べ、樹里と沙織のマイペースっぷりは大したもんだ。
「あれは……ゴブリンのようですね」
俺達があの儀式でヤったのは魔族のゴブリンであり、魔物のゴブリンと似てはいるが別物だ。
しかし、そう大きく見た目に違いがある訳ではないので、一目見ればソイツがゴブリンだというのはすぐに分かった。
「そんじゃあ、いっくわよお!」
妙に元気な樹里の掛け声に合わせて、俺達の魔物狩りは始まった。




