第31話 黒を白に
さて、何度も対火神戦をシミュレーションしてみたが、俺のキガータマンサクで勝てるビジョンが浮かばない。
しかし、上手い事負ける事くらいは出来るとみている。
奴の初手は……、こちらの様子を見るためにその場で待機か。
チッ、性能差があるんだから普通に攻めてくりゃあいいものを。
そういう所があるから、シミュレーションでこの男の魔甲機装に勝てんのだよなあ。
松本のバカみたいに、まっすぐ突っ込んでくればいいものを。
ただまあ時間稼ぎには丁度いいので、俺も少し離れた所で様子を見ることにした。
互いに向き合ったまま、微動だにしない二体の魔甲機装。
まるでここだけ緩やかな時間が流れているかのような、そんな錯覚をしそうになってしまうが、一瞬でも気を緩めたらその隙を突いて猛烈な勢いで攻めてくるに違いない。
この状態で十分、十五分……。
俺もそうだが、火神も何一つ言葉を発しないまま時が過ぎていく。
一見硬直状態にある両者。
しかし、俺は気づいていた。
火神はほとんど静止した状態のように見せながらも、ほんの少しずつ前に進んでいた。
武術でも似たような技術はあるらしいが、それを魔甲機装でやってのけるとは、やはりこの火神という男は只者ではないな。
だが、これは利用させてもらうとしよう。
徐々に接近している事に気づいていない俺は、思わぬ攻撃をもらってしまい、情けなく吹っ飛ばされて白旗を上げる。
そこで奴の関心を失うような、情けない演技を見せればそこで訓練は終わりだ。
……って、なんで俺はここまでして負けようとしてるのか、不意に正気に返ってしまう。
うーん、でも普通にやったら生身の状態でも楽に勝てちゃうのは目に見えてるしなあ。
なんつーか、縛りプレイ?
それに今の段階で余り目立ちたくはないんだよ。
こう見えて、新しい環境で見知らぬ奴らと過ごす日常を、俺は今楽しんでる所なんだ。
それをちょっと負けるの嫌だからってくらいで、無茶苦茶にはしたくない。
要するにロールプレイだ。
俺は最弱性能の割には、それなりに試合に勝てるという、謎設定キャラを突き通すぜ!
ほうらっ、牙を研いでいた火神が、ようやくその牙をむき出しにして襲い掛かってきたぞ。
俺は奴の攻撃を受ける前に、自分から後ろに飛んで、衝撃を軽減させる。
それも、奴にそれと気づかれない程度に、ある程度はダメージを覚悟して攻撃を食らわないといけない。
ぐ、ぐううぅ……。
なかなかいいパンチ撃ってくるじゃあねえか。
これでも衝撃を軽減させているというのに、想定以上の衝撃が外装を通じて魔甲核の中にいる俺まで届く。
……これ下手すると、普通の人なら衝撃で気を失ってるレベルだな。
さて、これからが俺の演技の見せ所だ!
よし、行くぞ……。
「う、うぁぁぁあ! 腹がぁ、腹があぁぁぁっっ!」
俺はどぎつい一撃をもらった腹部を抑え、全力の演技を魅せた。
映画のオーディションに臨む、俳優のごとき気持ちでだ。
演技の参考にした人は、腹ではなく目をやられていたので、少しその辺もアレンジを加えないといけない。
「……それはふざけているのか?」
「うわあああぁぁぁ……って、え?」
「確かに俺の攻撃はお前の腹部に当たったが、お前の体に当てた訳ではない」
し、しまったあ!!
このロボ……じゃない、魔甲機装は、ダメージが使用者に連動していないんだった!
先に演技の事が頭にあったせいで、その事をすっかり忘れてしまっていた。
フッ……。どうやら少し役に入りすぎていたようだぜ。
ってそうじゃない。ここはとりあえず適当に言い逃れするか。
「い、いや、そのだな。お前に勝てる訳ないから、無い知恵絞って出した結果だよ」
「……くだらぬ知恵だ。そのようなくだらぬ事を今後考えられぬよう、俺が引導を渡してやろう」
ぬ、俺の物言いが火神に火をつけてしまったらしい。
よし、ここはちょっと路線を変えるか。
「……ふん、やはり弱者の気持ちは分からんか。そりゃあそうだろうな。性能差の歴然とした相手と戦うとなれば、誰だってそれだけ高圧的な態度にもなれるんだろうよ」
「何が言いたい?」
「要するに、お前もあの松本と対して変わらないって事だよ。ポッと出の力に酔って、弱者を蹴散らせて憂さを晴らす」
「別に俺はお前で憂さを晴らすつもりなどない」
「身勝手さ、という意味では一緒だよ。お前はお前の中にある弱肉強食の掟を、他者におしつけてるだけだろう」
「この世は……、少なくとも俺のいた日本では、力こそが全てだった。金、権力、暴力……。力こそが、最もシンプルで他の一切合切を凌駕する、生き抜くために必要なものだ!」
「ふぅ、別にその考えを全て否定する気はない。けど、お前は他の考え方に目を向ける気が一切ないだろう? 知ってるか? そういう奴を独善的だとか言って、その成れの果てが独裁者と言うんだ」
「俺は間違ってなどおらぬ!」
いや、間違いとかそういう話じゃねーんだけどな……。
やっぱ思った通り、話が通用しないなあこれは。
「なら、その与えられた力で俺を打ちのめすか? そうする事で、お前は自分が間違ってなかったと、自分を納得させる事ができるという訳か。そいつは、随分おめでたい男だな」
「…………」
「力で人を服従させた先に何があるんだ? ……ああ、お前はそれで楽しいと思っているからそうしている訳か。これは詮無い事を言ったのは俺の方みたいだ。ならそのまま突き進めばいい」
「…………脱装」
我を忘れて襲い掛かってくるかもと、警戒しながら適当に話をしていたんだが、どうやらそのパターンにはならなかったようだ。
奴の……火神の表情は、俺に言いくるめられて迷っているという風でもなく、未だに断固たる意志を宿したままのように見える。
「俺は俺の考え方を改める気はない。しかし、お前が魔甲機装の性能差の事を|論あげつら》うのならば、脱装した生身の状態で決着をつけようではないか」
「決着? それはお前が負けた場合、所詮は魔甲機装に頼らないとイキることも出来ない、クソ雑魚でしたと認めるという事か?」
「……そうだ」
「いいだろう、脱装」
俺も脱装して魔甲機装を解除する。
この生身の状態での戦闘は、俺の想定したパターンの一つでもある。
ここまでは上手くいっているな。
「大分自信があるようだな?」
「さあて、どうだかね。ところで、この対戦に一つ罰則を導入しないか?」
「罰則?」
「そうだ。お前が負けたら、お前のその"力"至上主義を改めてもらおうか。それに伴って、お前を中心にして動いている日本人たち。その中の弱者と言われる層にも、目を向けてやってくれ」
「………………」
「どうだ? こうした罰則を規定すれば、互いに手を抜くこともないだろう? 俺が負けた場合の罰則は、お前が好きに設定して構わない」
「……力は俺にとって唯一無二の絶対的なモノ。それを歪めるとは、すなわち俺が俺でなくなる事を意味する」
いやいや。
別に新しい自分に生まれ変わればいいだけだろ。
こいつ、基本的に考え方が古臭いというか、ガッチガチに硬いんだよなあ。
「俺にそのような事を要求するのなら……、お前が負けた際にはその命を俺は要求する!」
おおう、なんか凄いこと言い出したな。
俺にはよく分からん価値観で、命を要求されてしまったわ。
まあ、負ける事はないんだし何でも構わないんだけど。
「それは構わないんだが、お前は負けを認める気はあるのか?」
「どういう意味だ?」
「いや、お前のさっきの言い方だと、死んでも生き方を変えたくないって事だろ? 死ぬまで闘い続けるとかいうなら、俺の要求は果たされない事になるじゃねーか」
「むっ……。俺はこれまで負けた事はないが、勝てぬと思った相手には負けを認めるぞ」
「実際に負けた事がない奴に言われても、説得力がないだろ。……そうだな。戦闘中にお前が負けを認めるか、或いはお前が気を失った場合は、お前の負けとする。これでいいか?」
「構わん」
「んじゃ、始めようか」
こうして俺と火神との、生身でのタイマンバトルが始まった。




