第29話 噂話
松本が退場した後の仮想敵訓練の相手は、火神の魔甲機装を設定してみた。
以前、火神が対戦していた時の様子を近くで見た事があり、その時に大雑把に"鑑定"でデータを引っ張っておいたのだ。
……にしても、こいつは強いな。
魔甲機装の五つのタイプの内、攻撃に秀でたガムシャーの戦闘力が一番高いとされている。
それの上から二番目であるオツァーガクラス。
この上のクラスのガムシャーは使い手がいないとの事なので、性能でいえば現状ではこれが最強という事になる。
とまあ、それだけだったらまだマシだったのだが、それに付け加え、火神は武術も達人級の腕らしい。
魔甲機装を纏っての動きであるが、動きが古武術をやっているという沙織に近いものがあった。
俺がこれまで、最弱と言われるキガータマンサクで善戦出来たのは、全ては技に重点を置いていためだ。
まあ正確には技というよりも、量子コンピューターも真っ青の頭脳と、"鑑定"による分析力。
そして導き出された計算を、ほんのわずかな狂いもなく実行できる、精密な身体操作力の賜物である。
正直、同じ性能の魔甲機装同士なら技の差で勝てる自信はあるんだが、今のままでは火神の相手はまー無理だわな。
奴との対戦、どーすっかなあ。
沙織みたいに加減をしてくれるような奴でもなさそうだし、弱者をあっさり切り捨てそうなんだよな。
ん、それはそれでいいかもしれないか。
あっさりと負けてしまえば、奴からの関心はなくなって、相手にされなくなるかもしれん。
火神は松本みたいに、憂さ晴らしで弱いもの苛めをするタイプではないしな。
とりあえず火神との対戦時の想定が終えると、俺は先ほどの教官の言葉を思い返していた。
『魔甲機装は着装して動けば動くほど、更に使いこなせるようになっていくものだ』
この言葉について考えていたんだが、魔甲機装というのは、随所で魔力を必要とする。
そして魔力を余り持たない者は、超能力を魔力に変換して、無理矢理エネルギー源を確保する。
さっき根本が使ってた特殊能力も、必要とするエネルギーはそこから来ているハズだ。
そこで魔甲機装にとって重要な、超能力とか魔力とかいう力についてだが、これは火星人が埋め込んだ知識の中に存在している。
火星人文明では、超能力の事を『霊子』。
魔力の事を『想子』と名付けていて、それぞれ研究も進められていた。
このどちらにも共通するのが、どちらも使用後に力の最大量が増すという点だ。
もっとも、劇的に増えていくわけではなく、ほんの少しずつ……それも人によって個人差もある。
筋トレなどと同じで、過負荷をかけてやることで魔力なり超能力なりが伸びていくという訳だ。
この魔甲機装でも随所で超能力や魔力を求められる場面があって、その度に使用者に大きな超能力的な負荷をかける事がある。
しかし、そういった瞬間的な負荷とは別に、常に超能力や魔力を消費するような機構が、魔甲機装に仕込まれているのを俺は発見していた。
これは魔甲機装の稼働状態を維持する為のものだ。
教官が言っていたのもそういう事なのだろう。
つまり、魔甲機装を着装した状態でいるだけで、常に魔力なり超能力なりが消費されていく。
すると、使用者のそうした能力も強化されていくことになる。
最初の頃の訓練では、ただ着装して動いてればいいと教わっていたが、これも恐らく基礎魔力や基礎超能力を強化するためだと思われる。
理屈を理解しているかは不明だが、体力づくりのために走りこむような訓練だったという事だ。
これに慣れてきたら、魔甲機装に付随してる特殊能力の訓練も始まるのだろう。
……マンサクには特殊能力はないらしいけどな!
それから訓練時間が終了し、集合場所に戻ってみると、そこには意識を取り戻した松本がいた。
「……っ!?」
しかし、俺と目線が合うとすぐにそっぽを向かれてしまう。
おや?
直接肉体的苦痛を与えた訳でもないのに、松本という男は随分と怖がりなようだ。
まあ今後下手に絡まれるよりはよっぽどマシだろう。
今回の事で、弱いもの虐めは懲りたかな?
……と思ってたんだが、どうやらそうでもなかったらしい。
それから二日後には、すっかり元のように低ランク機装の使い手に、同じような事をしていた。
その時丁度、沙織が現場の近くにいたようで、松本にガッツリと注意をしたらしい。
けど、全く聞き入れてはもらえなかったと沙織が憤慨していた。
まあそう簡単に人間って変わったりしないよな、なんて思ってたら、その後に面白い話を聞くことが出来た。
「なあ、聞いたか?」
「ああ、聞いた聞いた。あのクソヤローがまたしてもやり返されたらしいな」
「しかも、前回と同じ、キガータの奴に一泡吹かせられたらしいぜ」
「ハンッ、あのヤローは調子乗りすぎだったんだよ。俺も散々対戦では甚振られたしな」
「ああ、性格悪すぎだろアイツ。俺達なんて、魔甲機装がないと何も出来ないってのに、魔甲機装の力を自分の力と勘違いしてやがる」
「あのまま悪化していけば、機装解除してる時に刺される未来もありえるぜ」
「そうだな……。にしても、あのキガータガムシャーのJK、妙に強くね?」
「ああ。もう一人のキガータマンサクも謎の強さがあるぜ。あれってホントに最低クラスの機装なのか?」
………………。
…………。
……。
これは訓練終了後の宿舎内での二人の男の会話内容なんだが、集団で生活している以上、このような噂もすぐに広まってしまう。
俺と松本との出来事もどうやら知られているようだ。
あの時は、根本の他に根本の対戦相手もいたから、そいつから洩れたのか。
それとも案外、根本が故意に洩らしてるのかもな。
ちなみにこの話を聞いたのは、俺が松本に大技を決めた三日後の事。
つまり、俺との一件があってから二日後にはまた虐めを行い、その次の日に笹井のキガータガムシャーに痛い目に会わされた。という事になる。
そして迎えた次の日の朝。
いつも通り訓練場に向かう松本は、どこかオドオドとしているように見える。
噂を聞いてしまったせいで、そう見えるだけかもしれないけどな。
どっちにしろ自業自得としか言えん。
それよりも最近気になるのは、ヘイガートリオの残りの二人。
神経質そうなヘイガーボーシュの使い手、平良純也。
それから美人ではあるが性格が悪い、ヘイガーリュースイの使い手の大森智子。
この二人は松本とは違って、対戦の時に相手をボコボコにしたりするような事はしない。
ただし、下位クラスの魔甲機装には差別的な目を向けていて、俺もこれまで何度もそういった言動を目の当たりにしてきた。
そうした差別意識は、全部で十段階に分かれるクラスの内、大体下から三番目のシンガー以下のクラスが対象となっている。
人数で言えば、俺や笹井のキガータを含めて計八人。
俺はそもそもそういった事は気にしていないし、手を出してくる奴には松本のようにやり返している。
目には目をってやつだな。ちょっと違うかもしんないけど。
笹井もキガータとはいえ、戦闘タイプであるガムシャーを使っているので、他のボーシュやリュースイのシンガークラスと同程度には地のスペックが高い。
しかも彼女の場合は、素の状態で魔法を使用できるというのがあるので、松本のようなよほどのアレな奴でない限り、直接悪口を言ったりはされていない。
ただそれでも裏で陰口は叩かれているようだ。
笹井に対する男の方の反応はまた違うのだが、こないだ陰口を叩いている女たちの話を聞いてしまった。
あ、別に聞き耳を立てているとかじゃなくて、単純に俺の耳の性能が半端なくいいんだよ。
普段は抑えているけど、聞こうと思えば男性用宿舎の部屋の中から、少し離れた女性用宿舎の部屋内の会話も聞き取れちゃう。
ここまで来ると、耳が良いというよりも、なんらかの特殊なテクノロジーで音を拾ってる気がするわ。
実際そうなんだろうけど。
んで、本人も表立っては言われてないけど、裏で陰口叩かれてるのは分かってるんだろうな。
そういう奴らを見返すためなのか、夜中にこっそりと魔法の練習を続けているみたいだ。
そんな事するくらいなら、もっと傍若無人な態度を改めればいいのに、努力の方向性がなんとも言えず残念だ。
っと、話が逸れちまった。
最近ヘイガートリオの残りの二人が気になるって話だった。
ここで俺は、奴らの問題について考え始めた。




